背骨の形が「見える」眼鏡、レントゲンいらずの姿勢矯正デバイスに医師も期待:イノベーションのレシピ(2/2 ページ)
「美姿勢メガネ」は眼鏡に後付けで搭載する小型デバイスで、着用者の背骨形状をリアルタイムで可視化する。従来、背骨の形はレントゲンなどでしか把握できなかったが、これを日常的に行えるようにする。デバイスの仕組みと開発目的を聞いた。
「学術的根拠に基づいた姿勢矯正デバイス」に期待
同大学医学部が協力するのは、高橋氏の取り組みが医学的にも注目度の高い内容だからだ。実は、情報機器利用時における背骨全体の形状を電子デバイスで測定した学術的な先行研究はまだ少ない。美姿勢メガネのようにデバイス装着だけで背骨全体の形状変化を経時的に把握できれば、これまで不明瞭だった「背骨形状と各種症例の関係性」について研究進展が期待される。
「美姿勢メガネを使えば、レントゲンほど高精度ではないが、生体工学的に活用する上では十分に高精度な背骨形状のデータが取得できる。製品監修を担当してもらっている東北大学医学部の教授からは、『不良姿勢について世に出回る情報の中には不正確なものも多く、懸念している。医学的根拠に基づいた製品が世の中に出ることを強く望む』といわれた。今後、さらに大規模なデータ収集を行ってアルゴリズムの高精度化に取り組むと共に、肩こりや脊椎変形症など各種症例と頚椎角度の関係について医学的検証を進める計画だ」(高橋氏)
高橋氏は同アルゴリズムについて2021年2月にはPCT(Patent Cooperation Treaty:特許協力条約)出願を、同年6月には国内特許出願を行っており、さらに2022年2月に米国、欧州での特許出願も目指す。また、一連の背骨形状推定に関する研究成果については、2022年の日本整形外科学会学術総会で発表する予定だ。
プログラミングを指導する中で発案
高橋氏が美姿勢メガネのプロトタイプを初めて制作したのは、東北大学工学部に在籍していた2017年のことだ。開発の直接のきっかけとなったのは、同氏が所属するNPO法人での経験だった。
「NPO法人では小中高生を対象にプログラミング指導を行っている。彼らを見ている中で、集中しすぎて姿勢が悪くなっている生徒の多さが気になった。子供は自身の肩こりをまだ十分に認識できないことも多く、将来的な健康被害が心配になった。私自身も小学5年生から肩こりで通院していており、情報機器の操作が原因での姿勢悪化については前から問題意識を持っていた」(高橋氏)
こうした背景の下、同氏ともう1人で4カ月かけてプロトタイプを作り上げた。その後、MEMSデバイスを用いた国際的なモノづくり大会「iCAN(International Contest of InnovAtioN)」に出場したところ、世界大会で1位を獲得したという。「当時は美姿勢メガネ着用者の姿勢が悪化すると、その度合いに応じてPCの画面が赤く変化し、ストレートネックに近づいていることを警告する仕組みだった。変化に気付いた着用者が自発的に姿勢を直せるという点が評価されて受賞した」(高橋氏)。なお、iCANは社名であるweCANの由来にもなっている。
プロトタイプではカメラによって視距離を測定していたが、実用性を考えるとプライバシーの問題があるため、ToFセンサーに変更した。その後、美姿勢メガネは、2020年にはキャンパスベンチャーグランプリで文部科学大臣賞なども受賞している。
「コンテストでは自身のデバイスに関してさまざまな気付きを得られる。JDAに出場したのも、世界中の多くの人に評価してもらえる場として魅力的だったからだ。例えば、欧州では『肩こり』について、日本とは異なった受け入れ方をしているという話を聞く。そうした人たちに美姿勢メガネがどのように映るのかを確認したい」(高橋氏)。
プロダクトデザインに改善余地
コンテストに出場する中で、今後の開発課題も見えてきた。1つはプロダクトデザインの改善だ。特にJDAはデザインエンジニアリングの大会ということもあり、プロダクトデザインが洗練された作品が多く感じられたという。高橋氏は「ユーザーを見据えた製品設計がまだ不十分だと痛感した。デバイスの眼鏡への取り付け方などをさらに工夫したい」と振り返る。
この他にも、製品化に向けた課題としてはバッテリーの小型化などがある。太陽光発電や人間の体温を利用した環境発電の採用も検討している。なお、weCANの顧問にはMEMS研究で有名な東北大学 名誉教授の江刺正喜氏が就任しており、太陽電池などの技術的なアドバイスを受けているという。
今後の展望について、高橋氏は「今のところ美姿勢メガネは着用者が着席している場合のみ測定可能だが、現在開発を進めている重心バランスを測定するインソール型デバイスと組み合わせることで、立位時や運動時の背骨形状を推定可能にする計画がある。人類は進化のたびに脳を肥大化させてきた。それを支えることができたのは脊椎の湾曲、カーブの存在だ。しかし今、人類はそのカーブを失おうとしており、これを防ぐための取り組みを進めたい」と語った。
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