1cmの狂いもなく部屋を散らかす!? WRS2020の舞台裏では何が起きていたのか:World Robot Summit 2020レポート(2/2 ページ)
2021年9月9〜12日に開催された「World Robot Summit 2020愛知大会」。ロボット競技会「World Robot Challenge(WRC)」の「パートナーロボットチャレンジ(リアルスペース)」に審査委員として参加した筆者の太田智美氏が、その舞台裏をレポートする。
採点するのは審査委員だけじゃない!?
もう1つ、どうしてもお伝えしておきたいことがある。それは、妥協のない公平なジャッジをするための方法と考え方だ。
入念な準備を経て競技が無事に開始されると、1人の審査委員は採点表に記入を、もう1人の審査委員はスマートフォンでHSRの動きを動画で記録する。既にこの時点で、ジャッジをするのは当然のことながら審査委員だと思うだろう。しかし、この大会は違った。競技大会の最終的なジャッジをするのは、競技者をも含めた全員なのである。どういうことか。
競技が終わると、各アリーナに2人ずつ付いた審査委員と審査委員長、そして競技チームのリーダーが集まり獲得点数の確認を行う。審査委員が付けた採点表を競技チームに見せ、1つ1つのタスクについてどうだったか、点数は正しいのかを確認する。「これはこうだったから、この点数ですよね。大丈夫ですか?」という確認を、全てのタスクについて行うのだ。そこで問題があれば、先ほど記録していた動画をその場で確認し判定を行う。もちろん判定するのは審査委員ではない。そこにいる「全員」だ。
自らの競技がどうであったのか、どうであればフェアなのかをそれぞれが考え、その集合がフェアな試合を生み出し、納得のできる結果をもたらす。納得できないことがあれば、納得できるまで審査委員と競技参加者はとことん話し合う。全ての得点に対して納得してもらうことを第一に考える。こんな考え方、やり方に初めて出会ったかもしれない。誰も妥協しないというか、妥協する必要のない、見事な競技大会を見た気がした。
そんな真剣な時間は試合後も続く。大会期間が4日ある中、各日の終わりにはチームリーダーミーティングを行う。ここで、予期しなかったことや細かい事例に対するルールを改めて確認し合うのだ。ここでも競技者からはいろいろな意見が出る。
大会初日、大きな問題が起きた。ボールのような、転がってしまう丸いもののストッパーとして、床にシールを貼っていた。シールは床の色に近い色で、なるべくHSRがオブジェクトだと誤認識しないよう配慮されていたが、競技チームによってはオブジェクト認識が精密で、そのシールをオブジェクトだと認識してしまい、タイムロスしてしまうチームもあった。
これに対し、あるチームが「このようなストッパーが付くことはルールブックに書かれていなかった」と主張した。確かにそうだ。審査委員も、ストッパーをなるべく目立たない色にしたり、オブジェクトに付けることを考えたりと、試行錯誤した結果としてこのストッパーを採用している。しかし、納得できない競技者。
この状況を何とかしようと、競技空間を設計する花工芸社は床の一部を切り取ってそれをストッパーにしようと試みたが、今度は厚みがロボットに反応してしまいうまくいかない。次の日「透明なガイドを見つけた」と、花工芸社が透明フィルムを差し出した。が、これでロボットの動きを確かめてはいないため、ガイドに光が反射してロボットが動かなくなってしまうなどの事態も想定できる。各参加チームは「何とかストッパーをなくせないか」と交渉するが、このストッパーをなくしてしまっては、球は少しの風でも転がってしまう可能性があった。結果的に、その透明ストッパーを数枚事前に各チームに配ることを条件とし、その日の夜のうちに調整できる体制を整えた。こうして、ストッパー誤認識問題は収まった。
競技ルールは事前に決まっている。しかし、競技者と審査委員、会場設置者が互いの意見に耳を傾け、ルールや条件を日々アップデートしていった。競技会でこのようにフレキシブルに動くのはあまり見たことがなく、その過程がとても印象的だった。
パートナーロボットチャレンジについては、このような進行の下で競技が行われ、4日間の日程は幕を閉じた。華やかなイメージが先行するWRSだが、その舞台裏にはロボット競技会にとどまらない、参考にできそうな考え方やTipsが詰まっていた。
筆者プロフィール
太田 智美(おおた ともみ)
国立音楽大学卒業(音楽教育学科音楽教育専攻、音楽学研究コース修了)。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士課程修了(研究科委員長表彰受賞)。アイティメディア(営業、技術者コミュニティー支援、記者)、メルカリ(研究開発組織「R4D」でヒトとロボットの共生の研究に従事)を経て、現在は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科附属メディアデザイン研究所リサーチャー。同研究科後期博士課程在学中。大阪音楽大学ミュージックビジネス専攻立ち上げに従事、2022年4月同専任教員(助教)着任予定。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ロボットサミット「WRS 2020」も新型コロナで延期、2021年度内開催へ
経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年8月と10月に開催を予定していた「World Robot Summit 2020(WRS 2020)」を延期すると発表した。現時点では、2021年度内での開催に向けて調整が進められている。 - 粉体グリッパーに子供部屋片付け、トイレ掃除も〜WRS2018レポートダイジェスト
2018年10月17日〜21日、東京ビッグサイトで開催された「World Robot Summit 2018(WRS2018)」。本稿では、前回レポートした「ものづくり」部門以外の3部門の競技についてダイジェスト的に結果をお伝えする。 - WRS2018ものづくり部門レポート〜絶食のドラえもんを救うチームは現れたのか?
2018年10月17日〜21日、東京ビッグサイトで開催された「World Robot Summit 2018(WRS2018)」。本稿では「ものづくり」部門の「製品組立チャレンジ」についてレポートする。 - 究極の災害救助ロボットと産業ロボットを目指す〜WRS2018インフラ/ものづくり部門
東京オリンピック・パラリンピックが行われる2020年、新しいロボットイベント「World Robot Summit(WRS)」が開催される。本連載では、このWRSについて、関係者へのインタビューなどを通し、全体像を明らかにしていく。第3回は4つある競技カテゴリーのうち、「インフラ・災害対応」部門と「ものづくり」部門の2つについて説明する。 - ロボット活用で未来の家庭やコンビニはどうなる〜WRS2018サービス/ジュニア部門
東京オリンピック・パラリンピックが行われる2020年、新しいロボットイベント「World Robot Summit(WRS)」が開催される。本連載では、このWRSについて、関係者へのインタビューなどを通し、全体像を明らかにしていく。第2回は4つある競技カテゴリーのうち、「サービス」部門と「ジュニア」部門の2つについて説明する。 - ロボット五輪あらためロボットサミットが始まる、2018年プレ大会は賞金1億円超
東京オリンピック・パラリンピックが行われる2020年、新しいロボットイベント「World Robot Summit(WRS)」が開催される。本連載では、このWRSについて、関係者へのインタビューなどを通し、全体像を明らかにしていく。第1回はWRSの概要や狙いについて説明する。