自律運航船の複雑怪奇な法的立場、自動運転車のように議論が進む:船も「CASE」(3/3 ページ)
「中の人には常識だが外の人はほとんど知らない」船舶運航に関する法律の視点から、自律運航船の法的制約とあいまいな部分、そして、IMOの総会「MSC103」で示された内容で今後自動運航関連法がどのように変わるのかを解説する。
混乱極まる「無人船」の解釈
さらに難しいのが無人船の扱いだ。現行の船舶関連法では操船する船員が乗船していることを前提としている。というか、乗船していない状況を全く想定していない。国連海洋法条約では「船舶の人員配置」「適切な資格を有する船長、幹部職員の管理下にあり、かつ、乗組員の人員と資格が適切であること」を、船籍を与える国に求めている。
これを受けて日本では、「船舶職員及び小型船舶操縦者法」と「船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則」で船長、幹部職員、乗組員のそれぞれで、資格を得るために必要な知識と技能、そして、実務における規定や義務を定めている。特に総トン数20t以上の船舶においては「船長及び船長以外の船舶職員として、それぞれ海技免状を受有する海技士を乗り組ませなければならない」と定め、総トン数20t未満の小型船舶においても「操縦免許証を受有する小型船舶操縦士を乗船させなければならない」とするなど、操船者の乗船を義務付けている。
ただし、いずれの場合でも「長さが3m未満」「推進機関の出力が1.5kW未満」「国土交通大臣が指定するもの」である場合、または「国土交通大臣が指定する水域のみを航行する船舶」を受けた航行する水域に限っての運航である場合、船舶職員法“では”適用外となる。
そのため、この場合は無人でも航行が可能となる。現に、海洋調査で実用化されている無人調査船(自走式走行ブイ)や自律潜航艇は、調査する海域の水域指定を受けた上で運航している。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海巡航探査機(AUV)「うらしま」は母船から出艇して広範囲の海域を探査する。この運航は「国土交通大臣が指定する水域のみを航行する船舶」として許可を受けることで現行法でも無人による自立航行が可能になっている(クリックして拡大)
海上衝突予防法においても、無人船の扱いについて解釈が分かれている。船舶として見なす場合は、自律運航船も無人船も衝突を避ける場合に優先される立場にある「操縦性能制限船」と見なすことは難しいとしている。
また、海上衝突予防法では「船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他の全ての手段により、常時適切な見張りをしなければならない」と規定している。ここでいう見張りでは機器の使用が認められているので、船舶に搭載したセンサーを介して見張りができる遠隔操船は可能とする解釈が多い。しかし、見張りには周囲や他船の動向を把握するだけでなく、衝突のおそれに対する「適切な判断」を含んでおり、その判断をするのは人間と考えるのが海事関係者の共通した認識になっている。
そのため、無人船は現行の海上衝突予防法における見張りには対応できないとする意見が優勢だ(ただし、判断に用いる人工知能の能力向上によって人間と同等に適切な見張りが可能とする意見も出ている)。
IMOでようやく始まる法改正の動き
自律運航船の研究開発が世界各国で進められている状況に対応するため、IMOでは2018年から既存規制体系に自律運航船の存在がどのように影響するかの調査検討を進めてきた。2021年に開催されたMSC103では、それまでの検討結果を踏まえて自律運航船の登場によって法改正を必要とすることを確認し、その策定作業に取り掛かることを決定している。
改正が必要とされた項目は、SOLAS条約において「無線通信」を定めた第IV章と「航海の安全」を定めた第V章、そして「海上保安」を定めた第XI-2章で、それぞれの章で自動化システムの定義に関する条文を置く必要があるとされている。
これを受けてIMOでは、世界各国の船級協会や海事団体が独自に提案している自律(自動)運航船の定義や自動化レベルの見直し、自動運航に関する用語の定義策定、自動運航船における「船長」「遠隔支援センター」などの位置付けといった法改正に向けた作業を進めていくことになる。
そして、日本を含むIMOに所属するそれぞれの国における海事関連法もIMOによる法改正に準拠して策定されることになる。日本では2025年に高度な自動操船と自動離着桟、機関保守を自動化したフェーズIII(国土交通省が独自に定めた自律操船類型で最も高いレベル)世代の自律運航船を実用化する予定だが、その運航を法的に可能とするためにも2025年までに法改正作業を完了させる必要がある。時間はそれほど残されてはいない。
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