シミュレーションで見る東京五輪、アスリートが直面する気温と湿度の影響:CAEニュース
エムエスシーソフトウェアは、Hexagon Manufacturing Intelligence事業部のエンジニアが数値流体力学ソフトウェア「Cradle CFD」を使用して、2020年東京オリンピック競技大会の陸上男子1万mにおける気温と湿度の影響をシミュレーションし、アスリートが危険な状況にさらされる可能性があることを示したと発表した。
エムエスシーソフトウェアは2021年7月30日、Hexagon Manufacturing Intelligence事業部のエンジニアが数値流体力学ソフトウェア「Cradle CFD」を使用して、2020年東京オリンピック競技大会の陸上男子1万m(会場:オリンピックスタジアム/新国立競技場)における気温と湿度の影響をシミュレーションし、日没後の20時30分スタート予定にもかかわらず、アスリートが危険な状況にさらされる可能性があることを示したと発表した。
シミュレーションでは、わずかな気温変化がアスリートにどれだけ有害な影響をもたらすかを示すために、
- (1)平均的な状況より暑い場合:風速わずか、気温32℃、湿度90%
- (2)年間のこの時期として平均的な状況:風速わずか、気温27℃、湿度70%
の2つのシナリオを検証。解析条件として、風速や湿度、アスリートから発生する熱(概算レース所要時間:30分を想定)、走りによって生じる空気の流れなどを含めた。また、アスリートの身体快適性に関しては、早稲田大学の研究グループが開発した「JOS-2温熱環境人体熱モデル(JOSモデル)」を使用。この人体熱モデルとCFDを組み合わせることによって、周辺環境の変化が体全体の中核体温と皮膚にどのような影響を与えるかを解析できるという。
アスリートが危険にさらされる可能性
シミュレーションの結果、気温が平均気温よりも5℃高い(1)平均的な状況より暑い場合において、中核体温は39.77℃に、皮膚温度は37℃に上昇することが分かった。また、(2)年間のこの時期として平均的な状況においても中核体温は39.07℃を示した。
さらに、熱に弱い臓器とされる脳に着目し、アスリートの頭部中核温度を確認したところ、(2)年間のこの時期として平均的な状況で39.2℃、(1)平均的な状況より暑い場合で40℃を超えることも確認できた。併せて、太ももと骨盤付近の中核体温についても、(2)年間のこの時期として平均的な状況で、いずれも40.7℃と高く、気温変化の影響を受けやすい部位であることが分かった。
人体の生化学反応が最適に機能するには、中核体温が35〜39℃の間に保たれる必要があるとの研究結果があるため、限界温である39℃を超えると身体的なリスクが高まることになる。また、体感温度(個人が感じる温度)が32.2℃を超える状況にさらされた場合にも、熱中症や熱けいれん、極度の熱疲労を引き起こす可能性がある。
一方、湿度の影響については、東京の7月の平均湿度70%を設定した(2)年間のこの時期として平均的な状況において、30分間レースを行うと平均630mlの汗をかくのに対して、(1)平均的な状況より暑い場合(湿度90%)では、平均810mlの汗をかくことを確認。湿度の高い状態だと、皮膚表面から汗が蒸発しづらいため、体温を下げることが難しくなり、アスリートのパフォーマンス低下だけではなく、体全体の体温上昇や脱水症状などのリスクを招く恐れがある。
今回のシミュレーションでは、東京2020大会オリンピックスタジアム内で行われる陸上男子1万mを題材としたものだが、シミュレーション結果から得られた知見は、持久力を必要とする競技や日中30℃を超えるような暑さの中で行われる競技においても、アスリートが厳しい状況に置かれ、危険にさらされる可能性があることを示しているという。
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