電卓や楽器に並ぶ事業に、カシオのデジカメ技術を受け継ぐAIカメラの実力:イノベーションのレシピ(2/2 ページ)
カシオ計算機は現在、超高速低消費電力AIカメラモジュールの開発に取り組んでいる。同社は2018年にコンシューマー向けデジタルカメラ市場から撤退したが、デジカメで培った技術は大きな財産として残された。その技術資産で開発したものの1つがAIカメラモジュールだ。担当者にAIカメラの技術詳細と市場戦略について話を聞いた。
デジカメにも使用したDRPエンジンを採用
MONOist 技術的にはどのようにして実現したのですか。
松原氏 一番大きな要因は、当社のデジタルカメラ製品にも導入したルネサスの独自技術である「DRP(Dynamic Reconfigurable Processor)」を採用したことだ。CPUやGPUではなく、ハードウェア上に構成した「DRPエンジン」という回路で画像処理を行う。速い分無駄な処理が多くなりがちなCPUやGPUと比較すると、低消費電力かつ高速な処理が行える。
DRPエンジンは「ダイナミック・リコンフィギュレーション」と「ダイナミック・ローディング」という2つの特徴を持つ。ダイナミック・リコンフィギュレーションはDRPエンジン内に複数のハードウェア構成情報を格納しておき、必要に応じて画像処理用のハードウェア(回路)に切り替える仕組みだ。つまり、画像処理の内容に応じて最適な回路構成を適宜実現する。切り替えにかかる時間は1ns以下で、0クロックで変更できる。
ダイナミック・ローディングは、稼働中のハードウェア構成情報を、RAMやシステムメモリ上に格納している別のハードウェア構成情報に差し替える機能である。ハードウェア構成情報には最大64個までのハードウェア情報を格納できるが、ハードウェア構成情報自体を複数切り替えることで、さらに多くの回路パターンを実現できるという仕組みだ。
これによって、異なる機能を同一エンジンで複数使用できるようになる。画像処理エンジンを刷新することなく、ハードウェア的な処理だけで新機能が実現できるのが利点だ。実際に当社のデジタルカメラも、ZRシリーズ(2010年)から事業終了までの8年間は同一のDRPエンジンを使い続けている。
ハードウェア的な高速処理と機能追加を容易にする点。これらが、現在開発中のAIカメラモジュールでも大いに役立つ。
“デジカメのように”簡単に使えるAIカメラを目指す
MONOist 先ほど「Easy to Use」というお話がありました。具体的にはどのような点で使いやすさにこだわっているのでしょうか。
松原氏 実現したいのはデジタルカメラがそうであるように、カメラを単体で持ち運び、その場ですぐ撮影やモニタリングを開始できる利便性だ。
特に産業領域でAIの画像解析に携わる方からは「なぜ工場に設置するカメラは撮影するのに複雑な手順が必要になるのか」という悩みの声を聞く。その日その時間ごとに工場内で「見たい箇所」は変化する。当社の開発しているAIカメラモジュールはこのようなニーズにも対応できる製品に仕上げる予定である。
技術的にはEasy to Useを実現するための大きな要素が2つある。
1つはクラウドに送信するのではなく、カメラモジュール内でAI画像解析を実行する点だ。クラウド上でAI画像解析を行う場合、撮影した画像を圧縮してからクラウドに送信することになるが、圧縮するとデータの一部は劣化してしまう。このため画像の認識精度が低下する恐れがある。
一方で、当社のAIカメラモジュールはカメラ内でAI解析の前処理や画像処理が完結する。画像を送信せず非圧縮の状態で処理できるため、画像認識精度を高水準に保ちやすい。
もう1つが、低消費電力のため冷却用ファンが不要となりカメラ本体を小型化できた点だ。持ち運びやすさや取り回しのしやすさという点で大きな意味を持つ。
これらに加えて、現場でのカメラ設定や運用を支援するカスタマイズツールや、顧客が持つAIアルゴリズムをDRPエンジンに適した形式に変換するトランスレーターも併せて提供する計画である。
MONOist 製品化時のデザインはどのように構想していますか。
当然、試作機からデザインは変更するが、モニタリング用途での展開には監視カメラの形状が最適だと考える。
MONOist 製品発売後の展望をお聞かせください。
当社がターゲットとするのはAIカメラ未導入の層だ。サンプルアルゴリズムを充実化させるほか、プログラミング知識が無くとも特徴量などパラメーターなどを顧客側で最適化できる仕組みを作りたい。また、パートナーとの協創を通じて、AIカメラモジュールを起点とするAIソリューションのエコシステムを形成していきたいと考えている。
AIカメラ市場の将来的な広がりには大きく期待しており、その中で当社の技術資産を十分に生かせるはずだ。デジタルカメラの製品開発では人間が快適に感じる画質を実現するための画像処理技術を培ってきたが、今度はその技術を「AIが認識しやすい画像」を作るために活用していく。
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