チーフエンジニアや経営企画でなくても、クルマの未来を考えることが必要だ:いまさら聞けない自動車業界用語(12)(2/3 ページ)
自動車の少し先の将来を考えることは、自動車産業で働く全ての人にとってプラスになるのではないかと思います。答え合わせはちょっと先。みなさんもモビリティの未来を想像してみませんか?
ハードからソフトへ、コネクテッドで買った後も「変わる」クルマ
今回取り上げた技術はCASEの「C」、コネクテッド機能とクルマのソフトウェア化です。コネクテッド機能とは「クルマがインターネットにつながる技術」を指します。インターネットと接続することで、クルマのシステムをアップデートしたり、クルマからデータを収集したりできるようになります。
十分なコネクテッド機能と通信環境がなかった時代は、新車購入時が最高のパフォーマンスであり、そこから機能が拡張することはありませんでした。その後のさらなる新機能の登場によって見劣りするところもあったでしょう。OTA(Over-The-Air)によるアップデートが普及すれば販売店にクルマを預けなくても機能が向上し、所有し続ける中でクルマへの価値観も大きく変わっていくはずです。
コネクテッド機能が1番進んでいる自動車メーカーの1つがテスラです。テスラは無線ネットワークによるアップデート(OTA)で定期的にシステムを更新し、新しい機能を追加しています。日系自動車メーカーからもOTA対応モデルが発表され始めており、今後はスマートフォンのように自動車も頻繁にソフトウェア更新するのが当たり前になっていきそうです。
クルマはこれまでエンジンや車体などのハードウェア部品の開発がメインになっていました。しかしITの発展によって、ソフトウェアが製品開発や機能提供で果たす役割が増えています。作中のように、アプリを購入して自分好みにカスタマイズする文化も広がるかもしれません。
これまでハードウェアを中心に競争力を磨いてきた自動車は莫大な設備投資費用がかかることもあり、利益率が低く、サプライヤーはもちろん、自動車メーカーでも営業利益率が10%を超えることは極めて困難でした。しかし、今後、機能をソフトウェアとして販売可能になれば、ビジネスモデルが大きく変わります。
ソフトウェアは工場や生産設備のような投資は必要ありませんが、人員や開発環境などへの投資は引き続き必要ですし、ソフトウェアを改良し続ける開発のように、これまでにないノウハウも求められます。また、アプリやコンテンツなどソフトウェアを提供するプラットフォームに強みを持つGoogle、Amazon.com、Appleなどのテック企業との戦いにもなりそうです。
セキュリティや通信コストの行方は
クルマの可能性を広げるコネクテッド機能ですが、課題もあります。1つはセキュリティです。インターネットとつながることで、システムへの不正侵入や破壊などサイバー攻撃の可能性が高まります。人の安全を預かるクルマは十分なセキュリティが担保されていなければいけませんよね。
これに関しては国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で自動車のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートに関する国際基準(UN規則)が2020年に成立しています。車両の型式認可を受ける際に、自動車メーカーは国際基準を満たす体制であることを示す必要があり、サプライチェーンや製造後の自動車の使用期間の全体像も見た対応が求められています。自動車メーカーだけでなく、サプライヤーの参加や自動車のユーザーの理解も不可欠です。
日本では政府としても整備を進めており、2020年12月25日には「道路運送車両の保安基準等及び保安基準の細目を定める告示」の改正により、国際基準に合わせたサイバーセキュリティシステムを保安基準に導入することが発表されました。
もう1つは通信です。移動中に映画を楽しむという提案はコンセプトカーでも見かけますし、自動運転システムの機能の一部をクラウドで処理するということになれば、通信量は極めて大きくなります。また、5G(第5世代移動通信)の普及によってわれわれは従来よりも高速あるいは大容量の通信が利用できるようになりますが、インフォテインメントシステムで広く5Gを採用するには、「5Gでなければできないこと」を掘り下げる必要もあります。
スマートフォンを例にとっても通信料金が決して安くなかったり、料金体系が複雑だったりしますが、クルマの場合はどうなるでしょうか。今後、通信コストが上がるのか、下がっていくのかによって、クルマでの5G普及の速さも変わっていきそうです。
さて、コロナ禍では移動手段に対する価値観が変わり始めたように感じています。不特定多数が乗り合わせる公共交通機関に対する衛生上の不安から、自家用車での移動を選択する人が増えた他、バイクも売れ行きが好調です。不特定多数との接触が避けられ、何かあったときに追跡できるサービスがあれば、感染症対策だけでなく、防犯の面でも安心できそうです。
もし、一緒に乗る人を選ぶことができるサービスがあったら? そんなアイデアからライドシェアリングについて考えてきました。またもやショートショート仕立てですがご覧ください。
『「運命」の出会い』
「新郎新婦の入場です」。目の前のドアが開き、照明が自分たちに向けられる。スマートフォンのシャッター音が響く。隣にいる花嫁の手をとり、会場へ入場していく。「結婚おめでとう!」「お幸せに!」。各テーブルからの声に笑顔で応え、キャンドルに火をつけていく。
あぁ、なんて幸せなんだろう。人生で最良の日だ。顔も大して良くはなく、これまでモテたという経験もない。結婚できない人が増えている中で、こんな理想の花嫁に出会えたことは奇跡だ。何をとっても理想通り。改めて花嫁の顔を見ると、素晴らしい笑顔でほほえみ返してくれた。あぁ、本当に自分は幸せものだ。
運命の出会いはクルマの中だった。ここ最近の移動に関しての変容はすさまじい。長時間、満員電車に押し込まれ、自分の足で立っているのか分からず、スマートフォンを見るのも難しい。そんな通勤形態はすっかり変わってしまった。感染症のリスクによって不特定多数と接触のある電車通勤は見直され、時間帯をずらすことが推奨されるようになった。
在宅勤務で日常業務はできるけれど、やはり顔を合わせないとできない仕事もある。電車通勤に取って代わったのは、自動運転タクシーによるライドシェアだ。配車を頼めば家の前まで来てくれて、会社まで運んでくれる。1人で乗れる自動運転タクシーもあるが、割高なので会社はそこまでの通勤費は負担してくれない。
途中で数人と乗り合わせて同じ方面のオフィス街に向けて移動するが、不特定多数と接触することはないし、もし何かあっても追跡ができる。満員電車でおしくらまんじゅうなんてことにもならないし、通勤はずいぶん快適になった。スマートフォンも自由に見られる。まあ、自分は紙の本が好きなので、車内ではいつも本を開いているのだけど。
お隣よろしいでしょうか?
そんな通勤の自動運転タクシーでの中で知り合ったのが彼女だった。自動運転タクシーは交通事情によって、最適なルートを選択し、乗り合わせる人は毎回異なる。おじさんが隣になることもあれば、女子高校生のときもある。
「どうぞ、どうぞ」。座りやすいように少し端による。見上げると、自分の好きなタイプで少しどきどきしてしまった。まあ、“コミュ障”なので自分から声をかけることなんてできないのだけど。
ありがとうございます。
そう言って彼女は隣に座ると、私と同じようにバックから紙の本を取り出して読み始めた。今どき紙の本。しかも、私が少し前に読んで大変面白かった本なので、「あ、あのその本お好きなんですか?」と声をかけてしまう。
えぇ、大変面白くて
そう言って笑顔で返された時には、もう恋に落ちていた。
会った当日はそのあと話すことはできなかった。本を読むのを邪魔するのは悪いと思ったし、そもそも私は女性に好意を持たれるタイプではないのだ。ただ、その後も偶然同じクルマで会うことが続いた。なんという幸運だろう。私たちは通勤のひと時、本の感想を話し合いながら徐々に仲良くなり、やがて通勤以外のときも会うようになった。
彼女は自分にとって理想のタイプそのものだった。本の趣味や仕事への価値観、少しずつ違いながらも認め合えるちょうどよい距離感。私の好物のハンバーグを彼女が作ったときのおいしさと言ったら! あの日、あのとき、あのクルマで君に会えた「偶然」に感謝しながら、私は彼女と高砂の席に着いた。
(あぁ、あたしの幸せはここから始まるんだ)
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