自動車に「ソフトウェアファースト」がもたらす競争力を考える:MONOist 2021年展望(1/3 ページ)
今後、ソフトウェアが担う役割を拡大していく要因は、クルマがユーザーの手元に来た後に機能を拡充するアップデートを行おうとしている点です。以前は車両購入後のソフトウェア更新というと、ナビゲーションシステムの地図データのアップデートや、クルマの修理で制御プログラムを修正するのが中心でした。スマートフォンで好みのアプリを追加したり、より良い最新の状態にアップデートしたりするようにクルマが変わっていけば、クルマの使い方や価値も大きく変化します。
「自動車でソフトウェアが担う役割が大きくなっている」という話題は、自動車産業のさまざまな立場の人から語られています。例えばソフトウェアの規模をソースコードの行数で見てみると、1990年ごろの1万行が2000年代初めに100万行に拡大しました。現在の車載ソフトウェアは数億行まで大規模化しており、航空機やスペースシャトルと比べて2桁以上多いともいわれています。
しかし、以前から自動車はソフトウェアの塊であり、改めて語るまでもなくソフトウェアは大きな役割を担ってきたと考えることもできます。
今後、ソフトウェアが担う役割を拡大していく要因は、クルマがユーザーの手元に来た後に機能を拡充するアップデートを行おうとしている点です。以前は車両購入後のソフトウェア更新というと、ナビゲーションシステムの地図データのアップデートや、クルマの修理で制御プログラムを修正するのが中心でした。スマートフォンで好みのアプリを追加したり、より良い最新の状態にアップデートしたりするようにクルマが変わっていけば、クルマの使い方や価値も大きく変化します。さらに、クルマに搭載される通信機能を利用すれば、販売店や修理工場にクルマを預けずにソフトウェア更新を受けることもできるようになるでしょう。
ただ、こうした将来のクルマの使い方を実現するには、幾つかの転換が欠かせません。2020年は自動車のソフトウェアに関してさまざまな動きがありました。ソフトウェアが従来以上に大きな役割を担えるようになる上で何が求められていくか、考察していきます。
トヨタが宣言した「ソフトウェアファースト」とは
「ソフトウェアファースト」という言葉を、自動車メーカーのトップが大々的に宣言した記者会見がありました。2020年3月の、トヨタ自動車とNTTがスマートシティのプラットフォームづくりに向けて業務資本提携を発表した記者会見です。トヨタはNTTとのパートナーシップを生かして、スマートシティの中で社会システムの一部として機能するモビリティの具現化を目指します。
トヨタ 社長の豊田章男氏は会見でソフトウェアファーストについて「ハードウェアとソフトウェアを分離してソフトウェアを先行して開発すること」と説明しました。トヨタでソフトウェアファーストを実践した例が、モビリティサービス専用車両「e-Palette」(イーパレット)です。イーパレットの開発はTRIやトヨタコネクティッドのソフトウェアエンジニアが主導しました。ハードウェアとソフトウェアの一体開発が基本となる現状の自動車開発においては、珍しいケースだとしています。
トヨタではイーパレットを走らせる街として、トヨタ自動車東日本 東富士工場の跡地にコネクテッドシティ「Woven City(ウーブンシティ)」をつくります。「単に自動運転車を開発するだけでなく、インフラとセットで自動運転を中心としたサービスや商品を考える必要がある。その原単位となるのがウーブンシティだ」(豊田氏)という思いが込められています。着工は2021年2月の予定ですが、地上と地下に道路を設けて地上は自動運転車専用、歩行者専用、超小型モビリティと歩行者が行き交う道という3種類の道路とすることや、地下は物流向けの自動運転車のみを走らせることが既に決まっています。
ソフトウェアファーストの考えは、ハードウェアとソフトウェアで進化のスピードに差があることを克服する手段でもあります。ソフトウェアの進化のスピードがハードウェアの進化を上回っている中でハードウェアとソフトウェアの一体開発を続けた場合、ハードウェアの進化の遅さが商品の性能や価値向上の制約となってしまうからです。スマートシティの一員として柔軟に機能するはずのモビリティが、ハードウェアの制約によって思い通りに役割を果たせないことを豊田氏は懸念しています。
ソフトウェアファーストなクルマづくりによって、イーパレット以外のクルマも変わっていきそうです。豊田氏は「フルモデルチェンジはハードウェアが大きく変わるタイミングに、マイナーチェンジはソフトウェアの更新によってそのままのハードウェアで新しい機能や価値を提供する機会になっていく」と語ります。
ソフトウェアによるアップグレードは既に始まっている
ソフトウェア更新で既販車の機能を向上する施策は、日系自動車メーカーからも登場しています。トヨタ自動車は2020年9月、運転支援システム「Toyota Safety Sense」の自動ブレーキの検知対象が車両のみだったモデルで、昼間の歩行者検知機能を追加できるようにするアップグレードを発表しました。レーザーレーダーと単眼カメラを組み合わせた「Toyota Safety Sense C」を搭載するモデルが対象です。Toyota Safety Sense Cは発売当初、歩行者の検知には対応していませんでした。
マツダは、2020年11月に「マツダ3」の商品改良を実施しました。マイルドハイブリッドと新世代ガソリンエンジンを組み合わせた「e-SKYACTIV X」搭載モデルでは、エンジンとトランスミッションの制御ソフトウェアを変更することにより、アクセル操作に対する応答性とコントロール性を高めました。この変更後のソフトウェアは、既にマツダ3のe-SKYACTIV Xを購入したユーザーにも無償で提供する方針です。ソフトウェア変更で燃焼制御を最適化することにより、ほぼ全てのエンジン回転域でトルクと出力を向上。最高出力は132kWから140kWに、最大トルクは224Nmから240Nmに改善しています。
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