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「日本人はネガティブ過ぎる」インダストリー4.0“生みの親”が語る日本への期待製造マネジメント インタビュー

本田財団は2020年の本田賞としてインダストリー4.0の提唱者の1人であるドイツ工学アカデミー評議会議長のヘニング・カガーマン氏を表彰した。カガーマン氏が考えるDXのポイントと日本への期待について話を聞いた。

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 「日本人と話をすると自分たちの取り組みについてネガティブな意見が多いように感じるが、外から見ると全くそうは思わない」と語るのは、インダストリー4.0の提唱者の1人であるドイツ工学アカデミー評議会(acatech)議長のヘニング・カガーマン(Henning Kagermann)氏である。

 本田財団は2020年の本田賞をカガーマン氏に授与した。本田賞は1980年に創設された科学技術分野における国際賞であり、人間環境と自然環境を調和させるエコテクノロジーを実現させ、「人間性あふれる文明の創造」に寄与した功績に対し、毎年1件の表彰を行っている。カガーマン氏はドイツのインダストリー4.0の提唱者の1人であり、サイバーフィジカルシステムとインダストリー4.0の概念を確立した。また、「戦略的イニシアチブ インダストリー4.0実装に向けた提言」を執筆し、ドイツと世界各国の企業連携を支援し、デジタルトランスフォーメーション(DX)についての国際的な議論を深めることに力を注いでいる。

 本田賞受賞に当たり、カガーマン氏にインタビューを行い、DXのポイントと日本への期待について話を聞いた。

企業の枠を超えたエコシステムがDXのポイント

MONOist DXのゴールについてどう考えていますか。

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ドイツ工学アカデミー評議会 議長のヘニング・カガーマン氏

カガーマン氏 DXを進める際にDXが目的だと考えるのではなく、それぞれにとってどういう価値を生み出せるのかということを考えるべきだ。

 例えば、デジタル変革によって早くに価値を得られている領域ではヘルスケア領域がある。ビッグデータ分析技術によりゲノム解析をより早く行うことができたり、マテリアルインフォマティクスなどの形で原材料を素早く大量に分析でき、開発期間の短期化を行うことができたりしてきている。エネルギー分野ではスマートグリッド化が進もうとしている。デジタル技術を活用して送配電を最適化する取り組みだが、これにより効率が30%以上も改善した例もある。

 製造業の領域で見れば、デジタル技術で市場の要求に最適に即応できるような仕組み作りが今進んでいるところだと考える。目指しているのは、受注状況などの把握や市場の予兆を捉えて、柔軟に生産ラインを自律的に組み替え、最適なタイミングで製品を製造し、届けるというような姿だ。こうした仕組みができれば、コロナ禍の環境のような予期せぬ大きな変動があった際の回復力も高めることができる。また、働く従業員にとっても無理をすることを減らすことができるため、ストレスのない労働環境を作るという意味でも重要だと考えている。

MONOist こうした価値の実現は1企業であったり、1つの業界だったりでは難しいと考えますが、進める上でのポイントをどう考えますか。

カガーマン氏 インダストリー4.0を推進する中でも訴えてきたが、DXも含めたこれらの取り組みのカギは「エコシステム」にある。データを軸とし、より多くの業界や領域、企業などを結び、データ連携を行うことで、市場やユーザーの要求に応えていくということが重要だ。そういう意味では業界であったり、ある目的であったりで従来は異なる業界や事業領域などを組み合わせることで価値を生み出していくという発想が重要になる。

 これらは世界中のあらゆる企業にとって簡単なことではなく、個社として各企業にとってもチャレンジであるといえる。さらに、こうした分野間を横断する取り組みは、各企業の中でも進めなければならない。

 例えば、モノづくりで考えても、製品価値を作り出すのにソフトウェアの比率が大きくなっている。そのため、ソフトウェア、ハードウェア、電気などそれぞれの設計エンジニアが一緒に開発に取り組むようなことが求められている。個社としてもこういう転換を進めつつ、「オープン・クローズ」の考え方で、企業間での取り組みを進めていく必要がある。

 考えるべきポイントとして重要なのは「ユーザーエクスペリエンス(ユーザー体験、UX)」をベースとすることだ。ユーザー体験をベースとして考えた時にどういう価値を生み出していけるのかを考えると、ハードウェアとしての製品だけではなくビジネスプロセスとしての考えが必要になる。また、一度これらを進めたとしてもそれで終わりではない。常にその時その時で最適な形にアップデートしていく必要があり、終わりのない旅のようなものだと考えるべきだ。

日本発の知見は世界を前に進める

MONOist 日本ではIoT(モノのインターネット)などを進める中でもPoC(概念実証)で止まるケースが多く「PoC倒れ」などの言葉も生まれていますが、こうした壁を乗り越えるためには何が必要だと考えますか。

カガーマン氏 欧州でも実際に新しい取り組みを形にするのに難しさを感じる企業は多い。こうした中でインダストリー4.0での取り組みでは、成功事例を地図上にまとめて掲載し、こうした企業を一元的に把握できるようにすることで、多くの企業が挑戦しやすい環境を作る環境整備を進めている。課題と問題解決方法、成果などを紹介し、多くの企業がここで学習してから実践に進むために、一から悩む必要がない。

 こうした取り組みは欧州に限った話ではないが、各地域で特色を出しながら進めているところだ。中国ではDXについての高度な取り組みを多く進めているが、テーマを絞りながらステップを区切って進めている様子が特徴的だ。米国ではIoTにフォーカスした取り組みが進んでいる印象だ。特にデジタルツイン化を積極的に進めているように感じている。韓国については、3万のスマート工場を作ると宣言するなど、目標を掲げて一気に進める様子が見られ、ステップバイステップで進める欧州との違いがあると見ている。

MONOist 日本についてはどう見ていますか。

カガーマン氏 こうした地域性の話をすると日本の企業の方は自社や自国での取り組みをネガティブに表現する場合が多いのだが、他の国から見ると全くそうは見ていない。間違いなく製造業におけるリーディング国家であり、この領域のデジタル化やDXへの取り組みについても世界最先端だと考えている。実際に、日本発の知見は世界的に見ても新たな発見や価値があるものが多い。DXについても成功している国の1つだと考えている。さらに日本としてのやり方を確立し、自信を持って世界に発信するべきだ。

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