JR東日本子会社がソラコムのAIカメラで、実店舗PoCを短期間で実現できた理由:エッジコンピューティング(2/2 ページ)
ソラコムは2020年11月17〜19日にかけて、同社技術やデバイスを用いた開発手法などを紹介する技術カンファレンス「SORACOM TECHNOLOGY CAMP 2020」を開催中だ。本稿ではソラコムのAIカメラ「S+ Camera Basic」を用いて店内人数カウントソリューションのPoCを実施したユーザー事例紹介セッションを抜粋してお届けする。
混雑度を事前に把握するAIソリューションを開発
講演ではS+ Cameraの活用事例として、JR東日本情報システムの社内組織であるAIやIoT(モノのインターネット)研究開発組織「IoT-Labs」の取り組みを紹介した。
JR東日本情報システムはJRグループの基幹業務システム開発などを手掛ける企業で、交通ICカードSuicaのスマートフォン版である「モバイルSuica」や、新幹線などの予約用サイト「えきねっと」といったシステム開発を主に手掛けている。これらの業務の他に、AIやIoTを用いた新しいソリューション開発も模索しており、そのための研究機関として2019年8月にIoT-Labsを設立した。
IoT-LabsはS+ Cameraを活用して、カメラ映像を端末内で画像処理した上で、処理済みのデータをクラウドに送信する人数計測AIソリューションの開発を目指している。このために、2020年10月1日からJR東日本グループの小売企業「アトレ」の吉祥寺店で実証実験を開始した。IoT-Labsに所属するJR東日本情報システム チーフエンジニアの石原太郎氏は「アトレ側から、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する顧客の不安感を和らげるべく、顧客が来店前に店内混雑度を事前に把握できる仕組みを作りたいと相談を受けた。ただし、仕組みの導入時に大掛かりな機器設置工事を行うことは避けたく、また大規模ソリューション導入も難しい、という条件があったのでこれらを考慮する必要があった」と経緯を説明する。
面倒なネットワーク通信層を開発する手間がかからない!
当初、IoT-Labsでは吉祥寺店への導入スケジュールとして、2020年8月にPoCを開始して、同年9月にはソリューションとしてリリースを行うという目標を設定していた。このため、PoCは短期間の内に実施する必要があったという。ただ、石原氏は開発当時にいくつかの困難に直面したと振り返る。
「1つはPoC用デバイスとして適切なカメラを用意できなかったことだ。最初はRaspberry Pi4など身近なデバイスを組み合わせてPoC用のAIカメラを自作したが、GPUや基板がむき出しで、いくらPoCとはいえ実店舗に導入するにはいささか気が引けるものだった。もう1つは、IoT開発時に求められる技術スキルが多様、かつ、高度なものであると分かったことだ。通信面に限っても、そもそもクラウドにデータを送信する仕組みをどう設計すればよいか分からなかったし、通信プロトコルの選定に悩むなどさまざまな課題が浮上した。『IoTは総合格闘技』とはよく言われるが、多様な要素技術が融合していることを痛感した」(石原氏)
これらの多岐に亘る課題を解決する上で、大きく貢献したのがS+ Camera Basicである。「IoTシステム開発で苦労しがちな物理ネットワークレイヤー層」(石原氏)など通信周りのシステム構築が既に完了しているため、設置も容易で、PoC用に稼働できる点も大きかったと石原氏は指摘する。実際、カメラの設置は吉祥寺店の開店前に1時間ほど作業する程度で完了したという。さらに、IoT-Labsのメンバーが吉祥寺店を訪問したのは、現地調査と設置時の2回だけだったと石原氏は説明する。
S+ Camera Basicは遠隔からAIアルゴリズムのデプロイが行える。このため石原氏は「『取りあえずカメラを設置してから検証と改善を繰り返す』という試験が行いやすかった。導入先の顧客と共同で、アジャイルにアルゴリズム開発を進めることも出来そうだ」と期待も寄せていた。
Raspberry Pi 4は「最強のエッジコンピュータだ」
また、石原氏はS+ Camera Basicの処理基盤に用いられているRaspberry Pi 4について「店舗内での実稼働であれば、申し分ない処理性能だ。Raspberry Piと聞くと、電子工作用キットに使われる『おもちゃ』だとか、良くてもPoCでしか役立たないデバイスだというイメージを持つ人もいるだろう。実際、あるアルゴリズムモデルを用いた推論速度を検証したところ、比較対象として用いたCore i7 2.3GHzの10分の1程度の性能しか発揮できなかった。しかし、サイズやコストを考えれば十分な速さを出しているし、個人的には『現時点で最強のエッジコンピュータ』だと考えている」と、高く評価した。
開発を通じて感じたS+ Camera Basicの強み、そして今後のソリューション開発の展望について、石原氏は「S+ Camera Basicを使うことで、メインのロジック開発に集中できた。デバイスもネットワーク構築も一から全てやっていたら大変だし、そんなことは現実的ではないだろう。将来的には、S+ Camera BasicなどIoTデバイスを活用することで、店内内のあらゆる情報取得を通じて、リアルの状況をシミュレーション上でリアルタイムで再現する、デジタルツインの実現を目指している」と語った。
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