H3ロケットの完成が1年延期に、エンジン開発の「魔物」はどこに潜んでいたのか:宇宙開発(4/4 ページ)
JAXAは、開発中の次期主力ロケット「H3」の打ち上げ予定を1年遅らせたことを明らかにした。ロケット開発における最難関であり、「魔物」が潜むともいわれるエンジン開発で大きな問題が見つかったためだ。本稿では、どのような問題が起きたのか、その対策はどうなっているかを解説しながら「魔物」に迫っていきたい。
打ち上げを延期して抜本的に対策
認定型エンジンでは、7回目の燃焼試験までは問題なかったのに、8回目で2つの問題が同時に発生した。普通であれば関連が疑われるところだが、上記のように調査結果はそれを否定しており、JAXAは「たまたま同時に表面化しただけで因果関係はない」と見ている。そのため、2つの問題に対しては、それぞれ対策を実施する。
燃焼室の問題については、まず冷却を強化する。内壁はもともと、水素を噴射するフィルム冷却を行っていたが、その噴射量を増やすという。さらに、起動・停止のパターンを見直し、内壁の温度上昇を抑制する計画だ。
そしてFTPの問題については、タービンの設計変更で対応する。動翼の枚数と形状を変えることで、通常の運転領域で共振が発生しないようにする予定だ。
FTPは、中心のタービン、インペラ、インデューサが、約4万1000rpmという速さで回転する。このように高速回転が伴う装置では、必然的に共振の問題が発生しやすく、昔から多くの技術者を悩ませてきた。シミュレーション技術が発達したとはいえ、流体の挙動は複雑でまだ完全に模擬することは難しく、実機で試さないと分からないことも多い。
実際、このFTPでは、2019年5月に実施した実機型エンジンの燃焼試験において、既に共振の問題が発生していた。初号機の打ち上げが翌年度に迫っていたことから、JAXAは計画を変更。初号機に搭載するタイプ1エンジンでは、暫定的に共振領域以外での運転をすることとし、2号機以降のタイプ2エンジンにおいて、共振領域そのものを排除する抜本的対策を行う予定だった。
しかし今回、これとは別に、また新たな共振が起きてしまった。そのため、当初計画していたタイプ1はキャンセルし、1年をかけて、初号機のエンジンから抜本的な共振対策を盛り込むこととした。
共振は実機型でも認定型でも発生した難問なわけで、本当にこの対策が1年で完了するのかは気になるところだ。しかし今回、JAXAが「できる」と判断した背景には、問題発生後の8月に初めて実施した「翼振動計測試験」の成果に手応えを感じていたことがある。
この試験は、FTPの動翼にひずみゲージを貼り付け、FTPを単体運転した状態で振動を直接計測するという画期的なもの。ロケットエンジンとしてはおそらく前例がなく、少なくとも日本で実施したのは初めてだという。運転状態で実際に何が起きていたのか、詳細に知ることができ、想定していなかった共振が発生していたことを突き止めた。
この共振は、当初のシミュレーションでも分かっていなかったことだが、現象として明らかになったことで、これをモデルにフィードバックすれば、シミュレーションをさらに高度化できる可能性がある。今後につながる、非常に大きな成果だといえるだろう。
これで「魔物」はいなくなったのか?
ロケットエンジンは本質的に難しい。内部には超高圧の燃焼室を抱え、さらに超高温と極低温が同居しており、温度変化も大きい。そしてターボポンプのように、超高速回転する装置まである。過酷な運転をする複雑な装置なのに、一度打ち上げてしまえば、途中で故障しても停まって修理するわけにはいかず、極めて高い信頼性が求められる。この難しさが、まさに「魔物」の正体だ。
ただ、LE-9では、シミュレーションの高度化や、要素技術の先行実証などを通し、魔物が潜める領域は確かに狭くすることができた。今回は、それでも魔物に足をすくわれてしまったわけだが、翼振動計測試験などにより、さらに知見は深まったといえる。地道ではあるが、こうした取り組みを続けることで、魔物が潜めそうな場所をどんどんなくしていくしかない。
大型ロケットエンジンの新規開発には、10年規模の長い年月がかかる。H3ロケット プロジェクトマネージャの岡田匡史氏は、若手の頃、H-IIA/Bの前世代である「H-II」ロケットの開発において、第1段エンジン「LE-7」のターボポンプで試験を担当していたという。日本独自の打ち上げ手段を今後も持ち続けるためには、世代交代で経験を断絶させないよう、開発を継続していくことが何よりも重要である。
その一方で、LE-9には、さらなる積極的な改良も期待したい。宇宙は伝統的に、信頼性を重視する分野である。問題がなければ実績があるものを使い続ける傾向が強いのだが、SpaceXはまるでソフトウェアのバージョンアップのようなスピード感で改良を続け、確固たる競争力を築いた。改良には、新たなリスクを生み出すという危険性もあるものの、それがH3ロケットを長く使っていくことにつながるのではないかと思う。
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