船舶用ディーゼルエンジン開発でデジタル化を加速、3D推進とAR活用の取り組み:PTC Virtual DX Forum Japan 2020
PTCジャパン主催のオンラインイベント「PTC Virtual DX Forum Japan 2020」のユーザー事例講演において、船舶用ディーゼルエンジンの設計開発、製造を手掛ける赤阪鐵工所における設計業務のデジタル化とAR活用に向けた取り組みを紹介する講演が行われた。
PTCジャパンは2020年8月20日〜9月25日までの期間、オンラインイベント「PTC Virtual DX Forum Japan 2020」を開催。そのユーザー事例講演に、赤阪鐵工所 技術部 開発設計課の菊地巧氏が登壇し、「赤阪鐵工所におけるデジタル化の取り組み」をテーマに、同社における設計業務のデジタル化とAR(拡張現実)活用に向けた取り組みについて紹介した。
船舶用ディーゼルエンジンの設計開発におけるデジタル化
船舶用ディーゼルエンジンの設計開発、製造を手掛ける同社は、設計業務におけるデジタル化を加速させている。今から5年前の2015年当時は、3D CAD(Pro/ENGINEER)の活用と併せて、FEM(有限要素法)解析を導入していたが、3D推進者も数人レベルで、業務が多忙だったこともあり新しいことに挑戦する時間がなかなか取れず、FEMの活用においてもたまに発生する不具合対応程度だったという。
その後、デジタル化への取り組みを少しずつ進め、2020年になると、3D CAD(Creo)、FEMに加えて、CFD(流体解析)が導入され、若手人材の増強や業務改善の取り組みなども後押しし、デジタル化への動きが加速。解析の活用においても、これまでのように事後の不具合対応だけでなく、設計初期で解析を活用し、設計品質の向上を目指す取り組みを推進している。
3D CAD、FEM、CFDの活用を推進、データ管理も視野に
設計部門では、3D CAD、FEM、CFDの活用がデジタル化の中心となる。
3D CADの活用については、「大型のディーゼルエンジンの場合、部品点数が1万点以上になることもあり、取り扱いに苦労することも多かった」(菊地氏)とのことだが、以前から取り組んできたこともあり、今では設計開発の80%で3D CADを活用しているという。また、現行機種(エンジン)の“フル3Dモデル化”も60%ほど進捗(しんちょく)し、新規開発の機種に関してはほぼ100%フル3Dモデル化を果たしている。このように設計部門での3D CAD活用が浸透する一方で、菊地氏は「今後、さらに3Dデータが増え、複数メンバーによるフル3Dモデルの運用が本格化していくことを考えると、運用やデータ管理をはじめとする社内システムの構築についても検討しなければならない」と次の取り組みを見据える。
一方、解析では、FEMについてはCreoの解析機能を利用する。設計段階における強度解析やトラブル対応での活用を想定しており、年間10件程度の対応を見込んでいるという。また、CFDにおいてはエンジン内の流れの定量化、排ガス処理装置の開発を対象に、年間5件程度を目安に対応を進めるとしている。「解析については、“今後の活用”という意味で、まずは知見やノウハウを蓄積することを目的に、ある程度件数を絞った形で計画的に進めていく方針だ」(菊地氏)。
大型の船舶用ディーゼルエンジン開発に最適なAR活用
また、新たな取り組みとして、ARの活用も模索。当初、試験的にPTCの3D CAD「Creo」で設計した3DモデルをARデータとしてパブリッシュし、iPadにインストールした「Vuforia View」(ARコンテンツを表示するためのビュワー)を用いてAR体験を行ってみたところ、非常に手軽に活用でき、感動が得られることに大きな魅力を感じたという。菊地氏は「こうしたものは、まず『面白そうだからやってみる』ということが大切だ」と取り組みを始めた動機を振り返る。
AR活用については、やはり非常に大型の船舶用ディーゼルエンジンを開発していることから、その期待も大きく、「日々取り扱っているエンジンは非常に大型で重く、ちょっとした部品といえども持ち運びも大変。また、エンジン全体のスケール感を確認できるタイミングも組み立て開始からとなるため、ARはこうした現実世界でのデメリットの解決策となり得るのではないか」と菊地氏は述べる。
ARの現場活用以外にも、展示会などにおいて自社製品をPRするマーケティング利用の可能性も模索。実際、国際海事展「バリシップ2019」(愛媛県今治市)において、マイクロソフトの「HoloLens 2」とVuforia ViewによるAR体験のデモを展示したところ、屋外での視認性の悪さや通信環境などの課題はあったものの、「ブースへの集客や、エンジンを初めて見たという人へのPRに最適だった」(菊地氏)と手応えを語る。
また、ARのマーケティング利用の実感として「展示会向けに、船やエンジンなどの模型を実際に製作して展示するよりも、ARだと手軽で低コストに実現できる。特に、海外展示会などでの費用対効果は大きいと考えられる」(菊地氏)という。さらに、今後は社内での利用も広げ、エンジンに装備する計器類の操作性、視認性の確認や、実寸での目視確認といったデザインレビュー(DR)の領域で、ARの活用を検討していく考えを示す。
遠隔支援ツールとしてのAR活用の可能性も模索
同社ではこれらに加え、AR遠隔支援ツール「Vuforia Chalk」(試用版)を用いたリモートコミュニケーション/コラボレーションの可能性も模索。開発品の工場での現物確認において、複数の設計メンバーとVuforia Chalkで状況を共有しつつ、加工状況の確認、修正検討に活用し、その可能性や効果を確認した。
今後は、エンジンのメンテナンスなど、船の中でAR(AR遠隔支援)を活用していくことも検討していくという。その際、船舶内での通信環境と騒音がポイントとなるが、菊地氏は「機関室内は外部との通信が遮断された閉じられた空間なので、ネットワーク環境の確立が必要となる。ただ、この点については、船舶の遠隔監視や自動運航といった技術革新も進んでいるため、ネットワーク環境もそれに併せて整っていくのではないか。また、機関室内は騒音が大きく、電話など間接的な音声によるコミュニケーションは苦労を伴う。その際、Vuforia ChalkのようなAR技術を活用した遠隔コミュニケーションはそのデメリットを補う存在になり得るかもしれない」と期待を寄せる。
講演の最後、菊地氏は同社における今後のデジタル化への取り組みとして、「設計業務においては、シミュレーションのさらなる精度向上と適用範囲の拡大。特に、FEMにおいては非線形、CFDにおいては非定常現象への対応を進めたい。また、AR活用については、設計業務での活用による事例創出と、メリットの明確化に取り組んでいきたい」(菊地氏)との考えを示した。
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