IIoTの先進事例に学ぶ、製造業に大きな進歩をもたらすデジタルツイン:IIoTの課題解決ワンツースリー(4)(3/3 ページ)
産業用IoT(IIoT)の活用が広がりを見せているが、日本の産業界ではそれほどうまく生かしきれていない企業も多い。IIoT活用を上手に行うためには何が課題となり、どういうことが必要になるのか。本稿ではIIoT活用の課題と成果を出すポイントを紹介する。第4回では、IIoT先進企業としてドイツのシーメンスの取り組みを紹介する。
デジタルツインの完成形とは
村上 デジタルツイン構想は、いつ完成するのですか。
角田氏 すぐに完成することを期待されるのですが、課題はいろいろなところにあります。しかし「最も完成している工場はどこか」と問われたら、シーメンスの工場ですと答えています。われわれはオートメーション機器などを提供する一方で、製造業でもありますので、自社のコントローラー、シミュレーションソフト、プラットフォームを使って、少しずつ改善しながらデジタルツイン化を進めています。その取り組みは、20年ほど前から行っており、その間で、同じ従業員数ながらも生産数は10数倍増加しています。また、品質に関しても、不良の割合は劇的に減少しています。既に多くの成果が出ており、徐々にではありますが一歩一歩完成に近づいているといえます。
村上 デジタルツインはまだ形にはなっていないのですか。
角田氏 部分的に形になっているというのが現状です。例えば「まずはロボットシミュレーションから手をつけよう」「IoTを進めよう」「プラットフォームのシミュレーションから始めよう」という状況です。それら全てを一斉にやろうとすると、かなりのコストがかかりますので、トライ&エラーでアジャイル開発をやっていくことになります。その中でもさまざまな課題が出てきますが、シーメンスとしては、何でもカバーできるような体制を整えることが使命だと考えておりますので、デジタルツインを早期のうちに形にすべく取り組んでいます。
村上 デジタルツイン構想は、日本のメーカーにはない野望のように感じますが、その点はいかがでしょうか
角田氏 各企業の知見が異なるため、それぞれの強い部分、得意な領域に深く入っていこうとしているだけなのだと考えます。例えば、コントローラーでいえば、シーメンスとファナックはグローバルで考えれば競合になりますが、MindSphereとフィールドシステムの領域では、お互いに協力していこうという動きが生まれています。それぞれの良いところで協調して、製造業のデジタル化を少しでも早く進められれば良いと考えます。
村上 未来の製造業の在り方はどのようになっていくと考えますか
角田氏 AIや工作機械など、製造業の発展を支える技術を持った素晴らしい企業はたくさんあると思います。シーメンスでは、IT機器や設計工程だけに素晴らしいツールを提供するのではなく、モノづくりの会社として現場を考え、現場レベルで求められるデバイス、設計ツール、シミュレーションまでトータルで提案することが真の製造業のデジタル化だと考えています。そのため、できるだけ新しいものは作らず、既存のもの、オープンなものを使っています。
また、グローバルで徹底的にパートナーを集めています。IoTの定義とは何かを考えた時、私たちは“早く簡単につなげる”ことだと理解しています。ただ、ありとあらゆるものがつながっていく中でプロトコル対応をシーメンスに依存させるとなると、顧客がシーメンスの開発スピードに振り回されることになってしまいます。そうではなく「つながるための仕組みを開放し、誰でもつなげられるようにする」というのがシーメンスの目指す姿です。製造業のデジタル化を進めていく中で、トータルで提案していくこともありますが、顧客が、ここは絶対に変えたくない、というものがあれば、そこはオープンに考えています。
そのためには、パートナーをたくさん作り、一緒にIoTビジネスを展開し、結果としてそれぞれのビジネスも発展していけば良いというのが思いです。日本でも、多くの企業とアライアンスを組んでいるので、いろいろなことに幅広く対応できると考えています。
工場の中だけでなく外でもつながる
これまでの日本の製造業は、優秀な作業員がその場で起こるさまざまなことに迅速に対応し、装置や製品の安定性を担ってきた。そして、そうした人の力こそが日本の製造業が世界との競争に打ち勝ってきた源泉だったといえる。しかし、時代は移り変わり、工場で起こること全てがインターネットでつながり、デジタル化が加速する未来において、人だけに依存した体制では、世界との差が離れていくだけである。
また今回、話を伺う中で、工場内でつながるだけではなく、工場の外でつながっていくことがIIoTの実現にとって重要なことだと実感した。デジタルツインの実現に向けては、IoT化やセキュリティなど、まだまだ多くの課題があるという。しかし、こうした大きな変革こそが、日本の製造業に求められる動きではないだろうか。
著者紹介:
リンクス 代表取締役 村上 慶(むらかみ けい)
1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に国費留学、工学部にてコンピュータサイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE社製品の国内普及に従事し、国内におけるトップシェア製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。
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