オンリーワンのモンスターネオ一眼、ニコン「P1000」はどうやって生まれたのか:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(13)(4/4 ページ)
縮小を続けるコンパクトデジタルカメラ市場の中で、先行して衰退を見せているジャンル「ネオ一眼」。このネオ一眼ながら、爆発的な人気を誇るのがニコンの「COOLPIX P1000」だ。広角24mmから望遠端3000mm相当まで、光学ズーム倍率125倍というモンスターカメラはどのようにして生まれたのか。小寺信良氏が話を聞いた。
次なるマーケットへ向けて
―― このカメラ、三脚に乗せて使うと、望遠端に行くと前が重くなって、ちょっとアングルが下がるんですよね。何かレンズを支えるようなユニットのようなものはないでしょうか。
増田 そこは結構ご要望いただいているところです。三脚座の位置で言うと、前モデルは光軸上になかったので、これをまず真ん中に持ってきました。ただズームすると、重心が前に移るので、そこは開発段階から気にはしていました。
けれどもさすがに鏡筒部に三脚座を持ってくると、全体が大きくなってしまうのと、真ん中あたりはすぐ中にレンズがあるので、強度が問題になる。そこはもう究極の選択なんですけれども、まずはボディ側にいったん置いて小型化の方を取ったというのが、正直なところですね。
今はお客さま自身でプレートを付けたり、鏡筒部の下に物を挟んだりと工夫していただいているのをよく見掛けます。実はここにぴったり合うようなサードパーティーさんのアクセサリーも発売されていて、それだけ需要があるということだと思いますが、そこは今後の課題として受け止めています。
―― 今回P1000の発売に合わせて、ドットサイト「DF-M1」も発売されました。これもまたすごくて、さすがニコンという感じでした。
増田 これもお客さまの要望ですね。P900はホットシューがなかったので、付けてほしいという要望が結構多かったんです。超望遠でフラッシュは届かないのに、何でシューが欲しいんだろうという理由がはっきり分かっていなかったんですけれども、調べていくと野鳥とか撮影するのに照準器(ドットサイト)というものを使われているお客さまが多いことが分かりました。どうせなら、純正品で準備できれば喜んでいただけるんじゃないかということで、一緒に開発しました。
―― ニコンがドットサイトを作るのは初めてですか。
増田 双眼鏡などの製造や販売をしている弊社グループ会社のニコンビジョンでは取り扱いがあるんですが、カメラ専用のアクセサリーとしては初めてになります。市販の照準器はカメラ専用ではありませんので、カメラに乗せた時に若干見た目に違和感がありますが、カメラと親和性があるデザインで全体的にきれいにスタイリングが決まるようにと、カメラ専用で企画しました。
―― やはりP1000と一緒に買われる方が多いんでしょうか。
増田 一緒に発売したことで購入されるお客さまが多いですが、一眼レフを併用しているお客さまも約6割いらっしゃいます。このドットサイトは一眼レフでもそのまま使えますので、P1000、一眼レフどちらでも使えるというところでも受け入れていただいているのかなと思います。
―― P1000のユーザーは、どういう被写体を撮影しているんでしょうか。
増田 ワールドワイドで見ると、野鳥や野生動物を撮られるお客さまが多いですね。国内になると、野鳥が少し下がって月などの天体を撮られる方が増えるというところでしょうか。
今回、野鳥や月専用モードも、モードダイヤル上に持って来ました。これまではメニュー内にありましたが、すぐに撮影に入れるようにと。後は、電源を入れたときに初期設定として一定の焦点距離にセットされる機能も何パターンか選べるなど、選択肢を広げてあげるというところはP900からの細かな改善として入っていますね。
―― ボディの設計もよくできていますね。グリップも握りやすいし。
増田 P1000はアクセサリーの拡張性も要望は結構多くて、一眼レフのものを併用したいというお客さまもおられます。そのためコンパクトデジタルカメラですが、一眼レフ並みの端子類をご用意しています。
実際、かなり一眼レフと一緒に持たれる方が多いですね。一眼レフ用の望遠レンズでこれだけの焦点距離のものはないですし、望遠レンズとしてみれば小さい。価格も交換レンズだと何百万円クラスになり兼ねないですが、P1000は市販価格で10万円を超えるぐらいです。本当にリーズナブルに望遠側の焦点距離が得られるというところと、交換レンズよりはるかに小さいので、お客さまにお聞きした限りだと、望遠レンズの一本として持って行くと。
―― その他、狙っているポイントはありますか。
増田 お客さまの中では、どれだけ軽い装備で野鳥を撮れるかっていうことが結構命題らしくて。そうしたニーズがある以上、メーカーとしては応えていかないといけないところです。もちろんサイズとも相談ですけれども、重さ的に軽くしていきたいという夢には応えていきたいと思っています。
あと、スマートフォンでは広角と望遠でレンズを分離させていますよね。そういうアプローチはすごいなあと思って見ています。デジタルズームで倍率を上げていって、もう1つのカメラの間をつなげるっていう発想は素晴らしいので、そういうアプローチもデジタルカメラとしてはアリなんじゃないかと。まだまだやれる余地はあるのではないかと思っています。
カメラメーカーとして知られるニコンだが、その祖業は光学設計とともにある。双眼鏡や顕微鏡、天体望遠鏡など、カメラに限定されない高度なレンズ設計技術が根底にある。例えばニコン・トリンブルと言えば建築用測量機で有名だが、そのレンズにもニコンの技術が生きている。一般にニコンのレンズは、シャープな描画で高い評価を得ているが、実は「変わったレンズ」も得意なのだ。
こうした技術がいい形で結実したのがP1000という製品なのではないだろうか。カメラ市場全体がスマートフォンに押されて低調である昨今だからこそ、オーソドックスな一眼カメラだけでなく、こうした特殊カメラも潜在的には大きな市場があるはずだ。
趣味性の高い分野で輝きを放つP1000が、まさにその可能性を示している。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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