MBSEに注力する図研、エレキの回路設計者は「ドメイン」を越えられるか:製造マネジメント インタビュー(2/2 ページ)
エレクトロニクス分野の製造ITツールの大手として知られる図研が、より複雑なシステムの設計に有効なMBSE(Model Based Systems Engineering)に注力している。同社の主要顧客である“エレキの回路設計者”が、設計プロセスの上流やメカ、ソフトなどと「ドメイン」を越えた連携を行えるようにするためだ。
20年前から変わらないエレキの回路設計
システムズエンジニアリングを先行して活用してきたのは航空宇宙業界であり、自動車業界もMBSEという観点で急速にキャッチアップしつつある。稲石氏は「これらの動きに対して、図研と関わりの深いエレキの回路設計は20年前からほとんど変わっていない。プリント基板のパターンを作るための情報作成に終始しており、MBSEで重要な役割を果たすモデルに対応した機能単位の設計は行われていない」と指摘する。
実際に、プリント基板の回路を設計するだけであれば、最新技術を盛り込んだ設計ツールを使わなくても何とか設計ができてしまう。ただし、現在の回路設計も、その回路上で動作させる制御ソフトウェアの内容に影響を受けるようになっている。「回路設計のエンジニアは、最適なプリント基板のパターンを作るために、頭の中で機能設計やモデリングに近いことを行っている。図研としては、メカやソフトといったドメインとエレキが目に見える形で連携できるように、今まで頭の中でやっていたことをツールという形で支援して見える化し、回路設計でもMBDが当たり前に行えるようにしたい」(稲石氏)という。
そして、メカ、エレキ、ソフトの設計がモデルベースになって、ドメインを越えた連携が可能になれば、それぞれのモデルを使ってのシミュレーションによる評価や検証が行えるようになる。従来は評価や検証のために試作を行っていたが、試作の数を最小限に抑えながら手戻りの少ない設計開発を進められるというわけだ。
図研が回路設計でMBDを実現するためのツールとして重視しているのが2007年に発表した「System Planner」だ。稲石氏は「正直なところこれまでは社内や顧客向けのプレゼン資料作成に使われる程度だった。しかし、回路設計でMBDをやる上では極めて有用なツールだ」と強調する。回路設計における、信号・電源・リセット系統、タイミング、物理配置といった論理検討は同時並行で行われる。System Plannerは、各種論理検討ツールやシミュレーターなどとの連携が可能であり、同時並行で進む論理検討の整合を保って設計を進められる。
ここで注意すべきは、エレキの回路設計プロセスでメカやソフトと大きく異なる点があることだ。稲石氏は「回路設計はあらゆる検討をさまざまな図面で表現し、その図面を書き換えながら詳細設計に引き継いでいくので、図面を何枚も書いていくことになる。これらの図面の共通情報となるコネクティビティの制約条件をデータ化、共有することがMBDにつなげていくために必要だ。それができれば、論理設計を基に基板の実装設計を自動化することも可能になるだろう」と説明する。
図研が買収したVitechは、設計プロセスの上流で用いられるMBSEのツール「Genesys」などを展開している。このGenesysとSystem Plannerが連携することで、ドメインを越えたMBSEが可能になる。「Vitechを買収したことで図研の中で抱え込むイメージがあるかもしれないがそれはない。MBSEで重要なのは、ドメインを越えるために互いにつながることだ。Vitechもさまざまなツールとつながるし、図研としてもVitechの競合となるNo Magicなどともつながらなければならない」(稲石氏)。
また稲石氏は、エレキの回路設計におけるMBDやMBSEを進めて行く中で「アーキテクチャ設計」が重要になるという考えを示した。図面を何枚も書く必要があるなど現在の回路設計の作業は、AIの活用などによって自動化が進む可能性が高い。「実際に自動化を求める声は多い。自動化が進んだ時に、エレキの回路設計者は、設計プロセスの上流や、メカ、ソフトなどとMBSEによって連携した設計を推進する役割を担うだろう。そこで行うことになるのがアーキテクチャ設計だ」(同氏)という。
これらの取り組みを含めて、図研はMBSEを事業の中核に据えて行く方針。2021年ごろまでに、電気電子システムのMBSEを可能にする設計環境の構築を進めるとしている。
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