シェアリングの時代だからこそ設計開発に求められるスピード、しかしその実態は?:AI自然言語処理で暗黙知に切り込む(2)(2/2 ページ)
デジタル技術による変革が進む中、製造業はどのようなことを考え、どのような取り組みを進めていくべきだろうか。本連載では「AIによる自然言語処理」をメインテーマと位置付けつつ、製造業が先進デジタル技術とどう向き合うかについて取り上げる。第2回は製造業の現在の工程にどう手を入れるべきかについて論じる。
最新技術を使ってもそもそもの設定に問題がある
設計開発においてフロントローディングの実現のため、CAE(Computer Aided Engineering)を取り入れるケースも増えてきている。CAEは物理的な、実機を伴った適合性検証の前に、コンピュータ上のシミュレーションにより不備欠陥を識別するものだ。CAEそのものの進化は目覚ましく、単要素のシミュレーションだけでなく、複数の要素を組み合わせたマルチフィジックス化が進んでいる。
しかし、そもそものシミュレーション項目や解析前提条件の設定、必要なデータ収集に不備があっては高度なシミュレーションも意味を成さない。結果として、CAEを活用していても、実機適合性検証でさまざまな不具合が表面化され、手戻りが発生し、再びVモデルを繰り返すことになる。
今後、従来技術に対し、最新ソフトウェア技術(AIなど)を組み合わせ、製品全体の品質をユニット横串で見ていくことが求められるだろう。また、自動車業界では燃費規制強化の観点で、部品の軽量化を目的として、素材を変えていくことなども求められている。その場合、既存の部品の観点だけではなく、別素材に着目した観点も必要となり、より複雑な検証が必要となる。
製造業における新製品開発とは、極論すると「既存の設計に対して変化点を与える」ということである。とすれば、変化点に対して関連する影響範囲が明確にできてさえいれば、先述したような検証漏れなどの発生を防げるのではないだろうか。
見直すべきベテランの暗黙知によりかかった構造
筆者は、製造業におけるベテランの暗黙知に頼り切った仕組みこそ大きく見直すべきポイントであると考えている。
日本の製造業における品質が、他国が追随できない位置にいることは疑いの余地はなく、それにより今の立ち位置を築くことができた。その成功体験をもたらしたのは紛れもなくベテラン技術者の知識や経験あってのものといえる。しかし、裏を返せば、ベテラン技術者の暗黙知に依存して成り立っているともいえる。ベテランの暗黙知は、他の誰にも再現することができない。本人だけが再現可能なのである。逆に言えば、この暗黙知を誰でも再現可能な知識にすることができれば、状況は大きく改善すると筆者は考えるのである。
ベテランの暗黙知は間違いなく、日本の製造業における英知であるが、今までと同じやり方をしていては今後の時代における競争力のポイントとなる「スピード」を手に入れることは難しい。ベテランの過去の知見をいかにして形式知化して活用できるかが、今後の日本の製造業における生命線であるといえるだろう。
筆者は、自然言語処理を備えたAIが、上記の課題解決の糸口と考えている。第3回では、ベテランの過去知見を活用していくにあたっての自然言語処理の可能性について説明する。
筆者紹介
山本直人(やまもと なおと)
KPMGコンサルティング Advanced Innovative Technology ディレクター
大手コンサルティングファームにおいて、中央省庁および大手製造、小売り、流通業などで大規模基幹システム開発、ECプラットフォーム開発などでアーキテクトを務める。オープンソースソフトウェアの啓蒙普及のための分散処理技術のコンソーシアムにも参加し、社外セミナーでの登壇、記事の執筆を行っている。
KPMGコンサルティングにおいて、先端技術を活用してビジネス変革を推進するAdvanced Innovative Technologyチームに所属し、提案活動やエンゲージメントのリード、最新テクノロジーを用いた世の中にないサービスの研究を進めている。
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