ソニーが「発明」した新しい音体験、「ウェアラブルネックスピーカー」の秘密:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(11)(4/4 ページ)
ここ最近注目を集めている「ネックスピーカー」というオーディオの新ジャンルを生み出したのが、2017年10月発売のソニーのウェアラブルネックスピーカー「SRS-WS1」だ。今回は、このSRS-WS1の開発に関わったメンバーに話を聞いた。
想定外の機能をフィーチャーに
―― これ、内部に結構大きなパッシブラジエーターがあるんですね。スリットがあるならそれを利用したバスレフ構造というのも考えられますが。
澁谷 これはうちの音響担当のエンジニアが、バスレフがあんまり好きじゃなかったというのもあり、バスレフは最初から考えてなかったですね。バスレフは位相が回るんで、近くで聴くとおさまりが悪いということで。
特に今回は、テレビの音声に対して、せりふの聞きやすさというところにものすごく心血を注いで開発しています。一般的なオーディオ製品とは、考え方がちょっと違うんですよね。音楽リスニングとは違う、パンチが効いてスピードの速い低音が表現できています。
伊藤 実はこのパッシブラジエーターが振動を生み出しているんです。たぶん真面目に振動を研究されている方だと、振動を生み出すといえばまずアクチュエーターだと思うんでしょうけど、われわれはそういう発想が全然なくて。
ある程度の重さのパッシブラジエーターを乗っけて作ってみたら、結構震えるんですよね。これ面白いよねと言っているうちに、これはフィーチャーになるかなと思って、そこを逆に磨いていったというところですね。
―― そういう点では、肩というのは振動に敏感な部分なんでしょうか。
澁谷 鎖骨に振動を与えるのは効果が高いみたいな論文を見たことがありますね。これは作っている途中で見つけたんですけれども。
伊藤 実は社内で、片方の耳がほとんど聞こえない方に使ってもらう機会があったんですが、音がステレオで聞こえると言って、ものすごく感激されたことがあります。もしかしたら、何か骨伝導的な要素があるのかもしれません。ただそこはまだ解明できていないんですけれども。
宮崎 実際マーケット調査でも、高齢者にネックスピーカーをすすめてみたところ、この方が音が近いなど、耳が聞こえづらい方にもご好評いただいています。
―― 本機は、いわゆるBluetoothスピーカーではないんですよね。
宮崎 Bluetoothを使うとどうしても遅延が起ってしまいますので、搭載しないという方針で商品を作ってきました。設定いらずでテレビの視聴体験を高める商品として出しているので、あらかじめペアリングされたトランスミッターとのセットでお使い頂くことになります。
トランスミッターへの入力端子は光とアナログの両方がありますので、ヘッドフォン端子でも接続できます。この両方があれば、全てのテレビに対応できますので。
―― そこまでして遅延を嫌った理由は何でしょう。
伊藤 これはお手元テレビスピーカーも同じ考えですけど、遅延があると、テレビでも同時に音を出しながら使うときに、すごく違和感があるんですね。家族の人はテレビスピーカーで聴く、というケースもありますから、テレビから出る音声に対して遅延は極力なくしています。
宮崎 遅延が少ないのもあって、実は2017年と2018年、「東京ゲームショウ」のソニーブースで出品したんです。ゲームでは1フレーム2フレーム遅れたらアウトという世界ですので、これはいけると思いまして。実際にこのスピーカーを付けてゲームをしてもらったところ、周りの音も聞こえながらも迫力ある音で楽しめるということで、ご好評を頂いていました。振動もありますので、迫力もあります。
伊藤 もう1つは、「PlayStation 4」向けのVRヘッドセット「PlayStation VR」との相性がいいということも分かりました。肩乗せですので、ヘッドセットと物理的に干渉しないんですね。
また、PlayStation VRを使うときに耳を完全に塞いでしまうと、違う意味で怖いらしいんですよ。一方こちらでは周囲の音が聞えて安心な上に、没入感も得られるということで、ゲームユーザーにも非常にウケています。
取材の後で実際にSRS-WS1を体験させて頂いたが、スピーカーが耳に近く、加えて振動が音感を補強することもあり、小さめのボリュームでも十分迫力を感じることができた。大迫力、というレベルまで音量を上げても、低音は振動に変るため、隣の部屋にブンブン響くようなこともない。
ゲームにもいいという話も出たが、恐らく社会人ゲーマーは夜中にプレイする事が多いだろう。こうした状況でも、周囲に気兼することなく迫力のある音が楽しめるというメリットがある。またヘッドフォンのように長時間プレイで蒸れることもなく、ユーザーからは「神機」との評価を受けている。
映画などの映像コンテンツでは、スピーカーが耳に近いことで、明瞭度が非常に高いと感じた。過去に見た映画でも、これを通してもう一度見ると、気が付かない音がたくさん入っていることに気付いたというユーザーの報告も多いという。
オーディオ部門の設計なら、シアターモードやテレビモードのようなものを付けるだろうが、そういったものは何もなく、設計と特性の素性の良さだけで全てのコンテンツをカバーする。昨今はネックスピーカーの比較記事なども多く見かけるようになっているが、そんな中でも「元祖」の評価が高いというのは、設計の素性の良さに寄るところが大きいと思われる。
SRS-WS1は、社内異業種参入とも呼べる製品であろう。専門部署には敵わない、といった心の壁があったら生れなかった商品である。しかし今、私たちの暮らしの中では、必要なモノがない、不便だ、といった領域はもはやほとんど残っていない。むしろ問題を解決するのではなく、問題を作り出す能力のほうが必要になっている。そしてこうした問題は、専門家ほど見つけにくいものである。
今後は本製品のような、専門ではない部署からどれだけノンジャンル製品を生み出せるかが、大企業に課せられた課題となっていくことは間違いない。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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