長期宇宙滞在で発生する眼球の変形、原因が大脳の移動だと明らかに:医療技術ニュース
京都大学が、長期宇宙滞在後の宇宙飛行士に見られる、眼球の後ろが平たくなる眼球後部平たん化と、眼球とつながる視神経を取り囲む視神経鞘の拡大について、その本質的な病因を明らかにした。
京都大学は2018年7月9日、長期宇宙滞在後の宇宙飛行士に見られる眼球後部平たん化と、眼球とつながる視神経を取り囲む視神経鞘の拡大について、その本質的な病因を明らかにした。大脳の上方への移動が原因であり、従来の脳脊髄圧の上昇では視神経鞘径の拡大を説明できないことが分かった。同大学大学院工学研究科 準教授の掛谷一弘氏が、フランスのラリボアジエール病院、大阪大学と共同で研究した。
研究ではまず、視神経鞘の薄肉管モデルを作成。飛行中に超音波測定された視神経鞘直径から髄液圧を推測した結果、飛行中の髄液圧は210mmHgにも上ることが分かった。そのような場合、地上での臨床研究からの知見では、被験者は会話もままならない状態となるはずだが、宇宙飛行士たちが元気に過ごしていることから、宇宙での視神経鞘拡大の真の原因は別のところにあると推測されていた。
次に、米国の研究で報告されている長期滞在後の宇宙飛行士に見られる大脳の上方への移動に注目。大脳の上方移動が起きた時、視神経は眼の後ろにある骨の隙間を通って後方に引っ張られるが、視神経を取り囲む硬膜は眼窩の骨膜とつながっているため、眼球を押し戻すように力が働くことが考えられる。
これにより視神経鞘が拡大・変形し、眼球後部平たん化をもたらしている可能性を示唆。宇宙飛行士の場合、大脳が頭頂方向に移動することに伴い、視神経が後方へ引っ張られ、髄液圧とは関係なく視神経鞘が拡大する影響を考える必要があるという。
また、超音波検査による視神経鞘径の既存のデータを用いて、視神経鞘径から脳脊髄圧の推定式を算出した。宇宙飛行前後のデータを比較して推定式の正しさを確認できるが、脳の上方移動の影響で視神経鞘の変形が生じる可能性があるため、推定式は宇宙飛行士全員には適応できない。よって、身体を傷つけない別の脳脊髄圧を推定する方法に対する需要が考えられる。
宇宙飛行によって生じる眼病の発症原因を明らかにすることで、近い将来、一般人が宇宙へ行ける時代に人類が直面する宇宙特有の病気に対して、その予防策や治療法の開発への貢献が期待される。
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