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「ひとみ」はなぜ失われたのか(前編) 衛星を崩壊に導いた3つのプロセス(4/4 ページ)

信頼性の高さを誇ったはずのX線天文衛星「ひとみ」はなぜ、打ち上げ1カ月あまりで崩壊に至ったのか。まずはその過程を確認、検証する。

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 この結果、各軸ともプラス方向の回転の場合は正常に動作するのだが、逆向きにトルクを加えようとすると、噴射時間にマイナスの数値が表れる。時間の長さがマイナスというのはありえないことなので明らかなエラーなのだが、もう1つ、ここで燃料を節約するための処理が加わっており、そこで予想外のことが起きる。

<計算1>Z軸のマイナス向きに100Nmsを加えるときの計算。RCS駆動マトリクスに負値があるため、結果がおかしなことに
<計算1>Z軸のマイナス向きに100Nmsを加えるときの計算。RCS駆動マトリクスに負値があるため、結果がおかしなことに

 4つのスラスターを全て同時に噴射すると、力が打ち消し合って、トルクは発生しない。それは燃料の無駄なので、例えばスラスター1/2/3/4の計算結果がそれぞれ15/10/13/20秒という結果になったときは、最小値の10秒を引いて、スラスター1/2/3/4をそれぞれ5/0/3/10秒噴射すれば良いことになる。

 この処理を行うと、マイナスの数値が消え、全てプラスの数字に置き換わり、表面上、矛盾は無くなる。しかし、噴射の仕方としては、全て逆向きにトルクが発生する形になっており、つまり回転を止めようとして噴射した場合、逆に回転を加速する向きに噴射してしまうことになる。

<計算2>各軸に対する6ケースの計算結果。逆回転側のケースでは、省燃料処理の結果、反対側のスラスターが作動してしまうことになる
<計算2>各軸に対する6ケースの計算結果。逆回転側のケースでは、省燃料処理の結果、反対側のスラスターが作動してしまうことになる

ひとみはこれにより、自ら回転を加速。高速回転で構造が耐えられなくなり、太陽電池パドルや伸展式光学ベンチなどが破断し、分離したと考えられる。太陽電池パネルは6枚中、半分の3枚が残っていれば運用は可能だが、構造上、最も弱い根元から全て分離したと考えるのが妥当だ。こうなると万事休すで、もはや打つ手は無い。

強度の解析結果。Z軸まわりに150度/秒以上の速度が出れば、太陽電池パドルも伸展式光学ベンチも壊れてしまう
強度の解析結果。Z軸まわりに150度/秒以上の速度が出れば、太陽電池パドルも伸展式光学ベンチも壊れてしまう
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セーフホールドモードへの移行で角速度が急上昇。10:42ころ衛星は分解したものと考えられている

問題は運用だけにあらず

 ひとみの事故で“致命傷”を与えたのは上記の異常3、スラスター制御パラメータの設定ミスだ。もしこれが無ければ、たとえ異常1と2が起きたとしても、想定通りにセーフホールドモードに移行して、衛星は復旧できていた可能性が高い。

 しかし、これを「単なる運用ミス」で片付けてはいけない。運用に大きな問題があったのは間違いないのだが、JAXAが事故後にまとめた調査報告書からは、設計段階からさまざまな問題点があったことが見えてくる。事故はどうすれば防げたのか。次回は、そのあたりも考えていくことにしたい。

筆者紹介

大塚 実(おおつか みのる)

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の“なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。

Twitterアカウントは@ots_min


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