「ひとみ」はなぜ失われたのか(前編) 衛星を崩壊に導いた3つのプロセス(2/4 ページ)
信頼性の高さを誇ったはずのX線天文衛星「ひとみ」はなぜ、打ち上げ1カ月あまりで崩壊に至ったのか。まずはその過程を確認、検証する。
このとき、Z軸のバイアス推定値は21.7度/時。バイアス推定値が大きいタイミングでスタートラッカからのデータが止まったため、バイアス推定値が大きいまま更新がストップ。この結果、衛星は実際には回転していないのに、21.7度/時で回転していると勘違いしてしまい、これを止めようとして、反対向きに回転を始めてしまった。
4:14ころ、スタートラッカは出力を再開したとみられるが、この時点で、既に誤差が1度を超えてしまっていた。ひとみでは、スタートラッカとIRUの姿勢推定に1度以上の差があったときは、IRUの方を信用して採用する設計になっていた。このためスタートラッカのデータは棄却され続け、衛星はゆっくり回転し続けた。
異常2:リアクションホイールの回転数が増加
衛星の姿勢制御には、リアクションホイール(RW)と呼ばれるアクチュエータが使われる。これは回転する円盤を搭載した装置だ。衛星が静止した状態で、円盤の回転数を上げる、つまり円盤の角運動量を大きくすると、系全体での角運動量は保存されるから、その分、衛星本体の角運動量はマイナスになる。これは衛星の回転となって現れる。
衛星が回転して向きたい方角に来たら、円盤の回転数を元に戻せばいい。すると、衛星本体の角運動量はゼロに戻り、回転はストップする。リアクションホイール1台で制御できるのは1軸分だけなので、3次元空間で任意の方向に姿勢を変えるためには、最低3台のリアクションホイールが必要になる。
外乱を一切考えなければ、リアクションホイールの回転数を変えなければ衛星は静止したままになるはずだ。しかし実際の宇宙環境では、重力傾斜、大気抵抗、太陽輻射圧などさまざまな外乱の影響を受けるため、この外乱のトルクに対抗して姿勢を維持すると、回転数はどんどん上昇する。
回転数の上限に達してしまうと、それ以上外乱トルクを吸収できず、姿勢を維持できなくなってしまう。そうなると困るので、角運動量が上限に達する前に、磁気トルカ(MTQ)という装置を使って、角運動量を下げる作業を行う。これをリアクションホイールの「アンローディング」と呼ぶ。
磁気トルカは電磁石なので、地磁気と作用させれば、トルクを発生させることができる。方位磁石の針が北を向くのと原理は同じだ。ところがひとみは21.7度/時で回転していたため、4時間後には推定していた姿勢と実際の姿勢に90度近い誤差が生じていた。正常にトルクがかからず、8時過ぎにZ軸の角運動量が急上昇したようだ。
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