開発期間を従来の半分にしたIHIのCAE実践――ロケットエンジン設計から生まれた「TDM」:CAEイベントリポート(5/5 ページ)
IHIでは多目的トレードオフ設計手法などを活用して、設計工程において後戻りが起きない仕組みを構築している。このベースとなるのは、「設計変更のたびに最適解を求めるのではなく、既に求めた解から最適解を選ぶ」という考え方だ。この手法は後戻りをなくす他にも、さまざまな面でメリットをもたらした。
後戻りの削減だけでなくさまざまなメリットも
TDMの中心となる考え方は、設計解の全体集合を先に出しておくことだ。「たったこれだけだが、さまざまな面で多くのメリットをもたらした」(呉氏)。例えば設計チームのさまざまな人の衆知や作業記録を集める仕組みにもなっている。「大量の計算は無駄にはならず、さまざまな意思決定を加速するための十分な道具にもなる」(呉氏)(図10)。
データベースは設計意図の説明にも使うことが可能だ。単独でよいと思われる解を見つけ出しても、比較対象がなければ、なぜそれがよいかを説明するのが非常に難しい。経験の少ない若手でもたくさんある解と比較できれば、よい解だということを容易に説明できるという。
またこの手法では、解析者や設計者の役割を内容的にも時間的にも明確に分離できる。数学モデルを作る人は物理現象と一致させることだけに専念し、1万個の答えを出す人は、統計を駆使してそれだけに取り組める。設計者は得られたデータベースと顧客の要求などを考え合わせて総合的に判断することに専念できる。
また設計文書の標準化ができるという効果もあった。この手法では素直に過程を残せば設計根拠が残り、それを元に作った設計文書は同じようなフォーマットになるためだ。また感度解析は使わない設計モデルの解析をすることになるため、独立して取り組むと後回しになってしまう。だが解を1万点作るということを中間目標に据えることで、無理なく感度解析もできる。関係する作業として組み込まれていれば、自然に無理なく実施できる(図11)。
なお呉氏らが後から知ったことだが、航空機エンジンなどを手掛ける米プラット・アンド・ホイットニーも2003年に「ゼロデザインサイクルタイム」という名前で同様の考え方を発表している。これもあらゆる設計案を前もって推定しておき、顧客からの要求が来ればそこから設計案を検索するという考え方だ。もし顧客の要求する設計がデータベースに存在しなけれは、自社の対応範囲を超えているということなので、すぐ別の手だてを打つことが可能だ。
この手法は、1つの部品からシステム全体にまで適用できるという汎用性を持つ。そのため、2010年ごろにものづくり改革推進本部が立ち上げられ、ロケットエンジン設計で得られたこれらの多目的最適化やロバスト設計、リスク管理や実用性の検証、設計透明性などのIHIグループ全社展開へと発展したということだ。
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