APICSを活用する――世界有数の企業も認める“洋魂和才”のSCM基盤:生産管理の世界共通言語「APICS」とは(5)(6/6 ページ)
サプライチェーンマネジメント(以下SCM)の体系的な知識を提供するAPICSを専門家が解説していく本連載。5回目は「APICSを活用する」価値と効果について解説する。
「洋魂和才」で世界を席巻する海外企業
今回は、APICSの資格・教育体系と、その効用・事例について見てきた。最近の急速なグローバル化、サプライチェーンの兵たんの拡がりによって、日本の多くの企業は、国、言語、文化の違いを乗り越え、高い人材の流動性を前提とするビジネスを設計するという課題に直面している。とりわけSCMに関わる企業にとって、その課題は深刻で、対応は喫緊の課題である。
こうした課題に対し、APICSの認定資格・提供教育は、次のような点で貢献すると考えられる。
- SCMに関係する人材の標準的な業務・手法・ベストプラクティス知識水準の向上、実務能力の向上
- 共通業務・用語理解を基盤とした、国、言語、文化を超えたコミュニケーションの円滑化
- 企業のノウハウ・手法の普及、適用、運用の円滑化と流動性の高い人材環境の下での持続性の確保
- 業務改革、システム適用、M&Aなどにおける、業務整理・設計、用語定義の標準化と効率化
ところで、本執筆の最後に申し添えたいことがある。
CPIM取得者は韓国では累計3370人を数える。一方で、日本のCPIM取得者は53人にとどまっている(2016年1月4日現在)。こうした現状をご存じだろうか。世界の主要ERPはAPICS用語に準拠している一方、国産システムではAPICS用語準拠の報は聞かれない。そして、APICSの資格を昇進・昇給の要件に反映する韓国の大手企業は世界の半導体、白物家電市場を席巻し、APICS用語に準拠するドイツの大手IT企業は世界のERP市場を席巻している。こうした状況を見ると、日本が世界の標準・ベストプラクティス活用の波に置いていかれているという面は、否定できない。
一方で、APICSの推奨ベストプラクティスの一部はトヨタ生産方式など日本のベストプラクティスに由来するという事実をご存じだろうか。1973年のCPIM資格認定開始以降、APICSは多くの日本人の知らないところで、日本のベストプラクティスを世界へ普及してきたといえる。そして今日、世界有数のグローバル企業は、APICSを通じて学んだ日本の強みを自社の強みに換え、いわば「洋魂和才」で世界を席巻しているのである。
さらに、世界のAPICS学習者は、日本人の関与しない場所で、日本のベストプラクティスにリスペクトを感じている。筆者自身も中国のAPICSコンサルタントから、日本のベストプラクティスの根底にある哲学について、尊敬の気持ちを示されたことがある。そして、そうした日本のベストプラクティスの普及は、日本人の手によってではなく、APICSとそのパートナー組織や認定講師の手によって進められているのである。
本稿の読者には、SCMの改善・改革へ向けて、あらためてAPICSの資格・教育の活用を検討いただければと思う。そして、SCMの枠組みを超えて、日本の国益を考える方々に、日本の強みを日本人の関与なしで普及したAPICSの枠組みを理解していただき、日本のコンテンツ輸出のヒントとして活用していただければと考える。その取り組みが、多くの日本人にとって、グローバル化の波に立ち向かうヒントとなれば幸いである。
筆者プロフィル
丹治秀明(たんじ・ひであき)
APICS CPIM、CSCP、認定インストラクター。
東北大学大学院理学研究科博士前期過程修了。日立東北ソフトウェア(現 日立ソリューションズ東日本)入社。大手電機メーカー向けグローバルSCM情報基盤構築、SCOR活用業務改善、他SCM関連プロジェクト参画後、現在SCM関連ソフトウェア製品の海外事業開拓に従事。訳書に「意思決定を支えるビジネスインテリジェンス」他多数。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- SCMプロを証明する“免許証”「CPIM」とは
グローバルサプライチェーンを運営していく上で“世界共通言語”とも見られている「APICS」を専門家が解説していく本連載。3回目は、SCMに関するグローバルスタンダードとなるAPICS資格制度の「CPIM」について解説する。 - 全員参加の生産保全、TPMとは何か?
本連載「いまさら聞けないTPM」では、TPMとは何か、そして実際に成果を得るためにどういうことに取り組めばいいかという点を解説していく。第1回となる今回は、まず「TPMとは何か」について紹介する。 - 革新的原価低減に必要な“ものの見方と考え方”〔前編〕
モノづくりの経営改善手法であるIE(Industrial Engineering)の実践的な方法についてご紹介する「実践! IE」シリーズですが、今回は「磐石モノづくりの革新的原価低減手法」をテーマに、革新的な原価低減を推進していくための考え方や手法について解説していきます。第1回はまずこの取り組みに必要な“ものの見方と考え方”について紹介します。 - 生産の海外展開に成功するカギ――工場立地を成功させる20の基準とは?
海外工場立ち上げに失敗するケースは約3分の1にもおよび、その多くの理由が「立地」によるものだという。しかし、製品開発やサプライチェーンマネジメントについての議論は数多くあるが、なぜか「工場立地論」はほとんど聞くことがない。そこで本稿では、長年生産管理を追求してきた筆者が海外展開における「工場立地」の基準について解説する。 - RPGをクリアするまでのプロセスと生産管理
“モノを生産する”製造業にとって、生産を上手に管理し運営していく「生産管理」の手法は、非常に重要です。しかしさまざまな要素や考え方が含まれる「生産管理」は、慣れない人々にとっては理解するのが難しいものでもあります。そこで本連載では、RPG(ロールプレイングゲーム)になぞらえて生産管理を分かりやすく解説していきます。 - 連載「生産管理の世界共通言語「APICS」とは」