インダストリー4.0は人間の仕事を奪うのか:ハノーバーメッセ2015 リポート(中編)(4/4 ページ)
ハノーバーメッセ2015のメインテーマとなった「インダストリー4.0」。本連載では、現地での取材を通じて、インダストリー4.0に関する各社の動きを3回にわたってお伝えしている。中編の今回は「ロボットと人間との協調」への取り組みの紹介と、人間の果たすべき役割の変化について考察する。
人とロボットが同じ場で働く「意味」
なぜこれらの人間協調ロボットがこれほど注目されているのだろうか。これには技術的な側面と、先述したような「モノづくりの将来像」の面から読み解ける。
技術的な面を見てみると、ロボットの安全技術が進化したことが挙げられる。従来の産業用ロボットは、決まった動作を行うようにプログラムされその通りに動作するというものだった。ロボットの動線に人間が入った場合もそれに対する配慮なく動くため、人に危害を加える可能性があった。そのため、通常は安全柵に囲む形で人が立ち入らない環境で動作をするというものとなっていた。
しかし、安全技術が進化し、何かとぶつかった衝撃を感知して止まる機能や、その止まった後の作業復旧が容易である機能など、人に危害を加える可能性を低減する各種機能を組み込むことが可能となった。この背景としてセンサーなどのデバイスの高度化と低価格化が進んだことや、PLCや産業用コントローラーなどの高スペック化、制御系プログラムの高機能化などが進んだことなどが挙げられる。さらに、これらの高度なロボット関連の技術基盤を生かし、画像認識技術などが進化したことにより、今回ABBが出展したような、人の動作を見ながらそれに合わせて支援するようなロボットも増えつつある。人とロボットが共同で作業を行えるような環境がようやく整いつつあるといえる。
モノづくりの将来像を踏まえた人間協調ロボットの姿
一方、モノづくりの将来像を踏まえた場合、インダストリー4.0が目指すマスカスタマイゼーションの世界でも、当面は人間なしの完全自動化は現実的ではないということがいえる。製造ラインに組み込むことを考えた場合、ロボットや製造装置による完全自動化ラインというのは、技術的には可能であるものの、採算面や効率面で考えた場合、難しいからだ。
実際に日本の製造業でも“第3次”産業革命(関連記事:ドイツが描く第4次産業革命「インダストリー4.0」とは?)の時期には「完全自動化」工場などを作ってきたが、成功した例はわずかだった。設備投資が重くなりすぎた他、柔軟性に欠け、さらに自動化を実現するための設定や調整などに非常に多くの労力が必要とされるために、生産性を高めることは難しかったからだ。前編で取り上げた自動化の動きについても、すぐにこれらを実現しようとすれば、相当の労力とロスが発生し、現段階では効率化は望めないだろう。
一方で、従来型の人間中心の人海戦術型生産についても限界が見えてきている。もともとは「ニーズの多様化」という消費者市場の変化を、固定化する機械設備ではなく、「セル生産」と「人の雇用流動性」で解決しようとした動きであった。しかし、これらで利用してきた新興国で順番に人件費高騰が進む中、移転費用なども含めるとトータルコスト面で成功した企業がどれだけあるのかは疑問視されつつある(関連記事:海外展開でもうかる企業は一部だけ!? 日系企業が国内生産にこだわるべき理由)。つまり、「人だけ」に頼る生産方式も将来的に行き詰まるということになる。
人間協調ラインは“現実解”
これらの中で、「完全自動化」なのか「人間中心」なのかという二元論ではなく、人間が得意なところと機械が得意なところを組み合わせ、現実的な解を示そうという動きが、この人間と機械の協調生産ラインということになるのかもしれない。
ロボット技術やコンピューティング技術、ネットワーク技術などが進化する中で、いずれは、人間の手を介在せず、作業する機械を機械が支援や教育、監督する時代が来るだろう。ドイツ連邦政府がいくら「雇用が大事」と叫んだところで、普及可能な技術が生まれれば、それが普及するのを止めるのは難しく、人が行っていた作業を機械が奪うことになるだろう。
しかし、インダストリー4.0が一定の成果達成を目指す2020〜2030年の世界では、人間と機械が支え合う生産現場の姿というのが現実的な姿だ。機械が機械を監督する時代は、その次に向かう方向だといえる。そういう意味では、「ロボットが人間の仕事を奪う」というのではなく「共に働くためにどういう制度の整備を行うのか」ということをドイツ連邦政府が重視している点も、理解できるようになるのではないだろうか。
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中編では、インダストリー4.0における「人と機械の関係性の変化」について紹介した。後編では、このドイツが取り組む壮大な取り組みの中であらためて「日本の製造業はどのようなことを考えなければいけないか」について考察する。
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