ZEV規制から読み解く環境対応自動車の攻防〔前編〕:知財コンサルタントが教える業界事情(19)(5/5 ページ)
トヨタの燃料電池車(FCV)関連特許無償開放の背景にあるといわれる米国のZEV(Zero Emission Vehicle:無公害車)規制。知財の専門家である筆者が「特許関連情報」と「公開情報」を中心に、技術開発・特許・技術標準などの観点からこれらの動きの背景を考察します。
バラード特許が核となるVW
2015年2月には、フォルクスワーゲン(VW)グループのアウディ(Audi)が、バラード(Ballard)の燃料電池特許を購入しただけでなく、2019年までの共同技術開発契約を締結したことが報じられています※15)。
※15)Audiニュースリリース「Ballard Power Systemsの燃料電池特許を購入」(2015年2月11日)
そこで、VWグループ(VolkswagenとAudi)のバラード燃料電池特許購入によって生じると思われます仮想VWグループ(VolkswagenとAudi、そしてBallard)の燃料電池特許件数を表4に示します。
表4を見ると、VWグループのアウディ(Audi)が、バラード(Ballard)の燃料電池特許を単純に購入しただけでなく、2019年までの共同技術開発契約を締結したという理由が理解できます。また「VWグループとしてバラードの燃料電池特許を利用する」ということも必然といえるかもしれません。
◇ ◇ ◇ ◇
では、ZEVに関する2018年からの規制により「ハイブリッド車(HV/EHV)主体から変革を迫られるトヨタ」と「EV(Electric Vehicle:電気自動車)主体で現状維持が可能な日産」の事業戦略には、どのような差が現れるでしょうか。〔後編〕では、それぞれの自動車メーカーの事業戦略と、インフラ企業の取り組みについて紹介します。
コラム1
「Espacenet」を利用した燃料電池特許出願状況のマクロ的把握
検索機能の制限はあるものの、無料でファミリー特許までの検索可能な欧州特許庁(EPO)特許データベース「Espacenet」を用い、注目企業の特許出願件数を調べた。
まず、Espacenetの検索画面において、以下の手順で入力し、検索します。
- 「Applicant(出願人)」には、現企業名/旧企業名、特許権管理企業名を入力する
- 「Title or abstract(発明の名称/要約)」には、検索用の技術用語を入力する
今回のように燃料電池関連の調査を行う場合には、
- Applicant(出願人)には、調査対象とした企業名(現企業/旧企業)および特許管理企業名の英文表記を入力する
- Title or abstract(発明の名称/要約)には、燃料電池に関わる検索用語として、「fuel cell NOT biofuel」(fuel のうち、biofuelは含まぬ)を入力する
得られた検索結果は、「企業ごとの燃料電池特許件数」となる。ただし、Espacenetでは検索結果として、注目Applicantの特許件数を知ることができるが、ファミリー特許件数までが含まれることが特徴だ。つまり、1つの特許について、公開と登録の各段階を1件とカウントする。さらに、1つの特許でさまざまな国/地域で公開と登録を行うと各1件とカウントされる。逆の面を見ると「間接的ではあるが、企業の出願および登録意欲を知ることができる」ともいえるかもしれない。
筆者紹介
菅田正夫(すがた まさお) 知財コンサルタント&アナリスト (元)キヤノン株式会社
sugata.masao[at]tbz.t-com.ne.jp
1949年、神奈川県生まれ。1976年東京工業大学大学院 理工学研究科 化学工学専攻修了(工学修士)。
1976年キヤノン株式会社中央研究所入社。上流系技術開発(a-Si系薄膜、a-Si-TFT-LCD、薄膜材料〔例:インクジェット用〕など)に従事後、技術企画部門(海外の技術開発動向調査など)をへて、知的財産法務本部 特許・技術動向分析室室長(部長職)など、技術開発戦略部門を歴任。技術開発成果については、国際学会/論文/特許出願〔日本、米国、欧州各国〕で公表。企業研究会セミナー、東京工業大学/大学院/社会人教育セミナー、東京理科大学大学院などにて講師を担当。2009年キヤノン株式会社を定年退職。
知的財産権のリサーチ・コンサルティングやセミナー業務に従事する傍ら、「特許情報までも活用した企業活動の調査・分析」に取り組む。
本連載に関連する寄稿:
2005年『BRI会報 正月号 視点』
2010年「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435
おことわり
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