ERPの導入効果を整理して投資の妥当性を判断しよう:中堅製造業のためのグローバルERP入門(3)(2/2 ページ)
中堅製造業に効果的なグローバルERPの活用方法と、失敗しない導入方法を解説する本連載。第3回のテーマは、ERPを導入した場合の効果についてだ。
経営層に投資の妥当性を理解してもらうには
前述したように、ERPは非常に強力なツールではありますが、投資金額も大きいため、経営層による投資意思決定が欠かせません。ERPの効果は、金額などの数値に換算可能な「定量的効果」と数値換算できない「定性的効果」に分類できます(定量的効果/定性的効果の例は図表を参照)。経営層にERPへの投資を認めてもらうためには、定量的/定性的な効果を正しく理解してもらい、会社にとって必要な投資であると判断してもらう必要があります。そのためには、投資の妥当性をどのように評価するのかが重要になります。
費用対効果の評価方法
投資の妥当性(費用対効果)を評価する方法は、大きく2つに分類されます。
1つ目は「導入効果を金額換算(定量化)して評価する方法」です。この方法は、以前からシステム投資の妥当性を判断する方法として用いられているもので、業務効率化によるコスト削減やデータ活用による売上高増加など、ERP導入により期待される効果を全て金額に換算し、投資に対するリターンを定量的に評価します。研究開発投資や設備投資など、投資意思決定に関するルールが整備されている上場企業で採用されるケースが多いです。
2つ目は「経営課題の解決への貢献度を評価する方法」です。コスト削減などの定量的な効果だけでなく、「グローバルSCM構築」「M&A後の業務/システム統合」「経営管理の仕組み再構築」などの、全社的な経営課題の解決のために妥当な投資額なのか、という視点で総合的に評価します。
どちらの方法を採用するかは、企業の投資意思決定のポリシーによって決定することになりますが、近年では、定量的な効果のみで投資を回収することは困難であるケースが多くなっています。
ERPの守備範囲となる基幹業務では、現在では何らかのシステムが導入されている企業がほとんどです。これまで手作業で実施していた業務をシステム化する場合であれば、作業の自動化により定量的な効果が出やすいですが、既にシステムが導入されている場合では、劇的な業務効率化は期待できません。むしろ、管理レベルを向上させるために、入力項目が増えたり、入力頻度が高くなる場合もあります。定量的な効果だけで投資を回収するストーリーを作ろうとすると、さまざまな前提条件や仮説を並べて、実現性の低い回収計画を作り上げることになります。
従って、コスト削減や売上増加などの定量効果だけで評価するのではなく、定量的な効果と定性的な効果の両面から導入効果を洗い出し、総合的に投資の妥当性を評価する方法が望ましいと考えます。経営層に対しては、「これだけの費用が掛かるが、このような効果により数年で回収できるため、投資を実施すべき」という費用回収の容易性を訴求するのではなく「経営課題の解決に必要なインフラであり、これだけの費用をかける価値があるので、投資を実行すべき」という課題解決のための必要経費であることを説明して、投資の必要性と金額の妥当性を理解してもらうことが重要です。
また、損益やキャッシュフローに与える影響も説明が必要です。費用の発生タイミング(損益に与える影響)と支払いタイミング(キャッシュフローに与える影響)を分けて整理し、P/LやC/Fへのインパクト発生時期とボリュームを可視化して経営層に提示することが大事なポイントです。経営層は投資金額が経営的に許容できる範囲であること認識した上で、投資意思決定を下すことができます。
まとめ
ERP導入の最大の効果は、経営状態の可視化であると言えます。「システムがバラバラで状況が把握しにくい」「業績管理に必要な数字が取得できない」「拠点追加の対応が大変」などの課題を抱えた企業にとっては、非常に有効な解決策になり得ます。
ERPへの投資を経営層に認めてもらうためには、定量効果だけでなく定性効果を含めて総合的に導入効果を見極めた上で、利益やキャッシュフローへのインパクトも併せて説明し、投資の必要性と金額の妥当性を理解してもらうことが重要です。
次回は?
ERPは適切に導入・活用することによって、前述したような効果が得られます。しかし、ERP導入プロジェクトは従来型のシステム導入プロジェクトとは考え方や進め方が異なるので、それを理解してプロジェクトを実行しないと、せっかく多額の費用をかけてERPを導入しても、思い描いたような効果が得られない、という状況に陥ってしまいます。そこで次回以降の3回にわたり、ERP導入プロジェクトを成功させるための重要なポイントについて解説します。
(次回へ続く)
筆者プロフィル
阿部武史(あべ たけし) スカイライト コンサルティング シニアマネジャー
大手製造業企業で社内SE、大手SIベンダーでERPコンサルタントを経験し、スカイライトコンサルティングに入社。大手企業からベンチャーまで、幅広い会社に対してのコンサルティングを実施。経営管理領域を中心に、IT戦略立案から全社的な経営改革、業績管理制度の構築、業務改革、システム導入、新規事業の立ち上げなどのプロジェクトに携わる。中小企業診断士。
海外の現地法人は? アジアの市場の動向は?:「海外生産」コーナー
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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