メイドインジャパンの必勝パターンを読み解く:小寺信良が見たモノづくりの現場(10)(3/3 ページ)
2012年4月からスタートした「小寺信良が見たモノづくりの現場」では、10カ所の工場を紹介した。今回から2回にわたり、この連載で得た「気付き」から、「ニッポンのモノづくりの強み」についてまとめる。
設計と製造の一体化が生み出す価値
製造工場というのは、大体が地方にある。それはもちろん、地方にはまとまった土地があったからだろう。古い工場になれば、その工場を中心に街が発展することで、便利な場所に変わっていくケースも多い。一方、比較的新しい工場は、まだまだ周辺地が田畑である。
製造現場が遠いということは、意思の疎通という点でデメリットになる。コモディティ化した製品ならば、海外製造でも十分やっていけるだろうが「勝てる商品作りには設計と製造が一体であるべき」という考え方が出てきた。
埼玉県深谷市にある三菱電機ホーム機器は、1984年という早い段階で三菱電機から独立し、マーケティング、製品企画、設計、開発試験、製造、販売、アフターサービスを全て1カ所で行うようにした。蒸気の出ない炊飯器をはじめ、ここから数々のヒット商品が誕生しているのはご存じの通りだ。
ここにあるのは、スピード感である。全ての機能が1カ所にあることで、市場に合わせてすぐ開発、製品試作が可能となる。そのため、商機を逃さず次の手が打てるという強さを発揮できる。製造現場からのフィードバックで設計の見直しが図られるため、新しい製品になるほど改良され作りやすくなっていく。また海外生産拠点も、為替レートや政治状況を見ながら出す、引き上げるという判断を、少ないハンコ数でパッとやってのけることが可能だ。
ソニー長野ビジネスセンターは、製造技術と設計技術の両方を高い次元で融合させるために設計と製造が一体化した例だ。商品設計の上流の段階から製造技術者が合流するため、「現場の手直しなしで確実に作れる設計」が実現する。当然全体のプロセスも圧縮され、クオリティも上がる。
商品開発と製造設備を作る部隊を併せることで、既存工法の限界を突破し、全く新しい製造技術を確立した例が、東洋ゴム仙台工場(タイヤ製造工法に「革命」を起こす東洋ゴム仙台工場、会長が語る“逆の発想”)だ。タイヤの世界は工法が何十年も変わらない世界で、設計者は既存設備を「制約条件」として考え、製造技術部門は、タイヤの工法はもう変わらないという前提で作り方やプロセスを考えていた。
しかし仙台工場で開発した「A.T.O.M.工法」は、既存の問題点をことごとくクリアする、斬新な発明となった。この工法の確立により、業界としては後発だった同社の海外進出が、逆にチャンスに変わった。まさに設計と製造の一体化が、会社の運命をも変えた例である。
当時工法開発の陣頭指揮を執った代表取締役会長の中倉健二氏は、「人は離れているとダメ。ちょっと離れてるだけで『まあええか』と先延ばししてしまい、これが実現を遅らせる。物理的距離はとても大事だ」と話していた。同社では2015年には、技術開発機能と本社機能の一体化を計画しているという。
長い目で見れば、会社機能の分離と集合、あるいは分社化と子会社化は、その時の社会状況によって何度も繰り返されてきた。だがこれまでは主に経済的な理由で行われてきたものが、イノベーションが主たる目的で集合が行われるというのが、近年の傾向といえるのかもしれない。
次回は「なぜ日本で作らなければなければならないのか」、その理由をキーに製造を考えてみたい。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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「国内市場の縮小」「生産による差別化要素の減少」「国内コストの高止まり」などから、日本の生産拠点は厳しい環境に置かれている。しかし、日本のモノづくり力はいまだに世界で高く評価されている。一方、生産技術のさらなる進歩は、モノづくりのコストの考え方を変えつつある。安い人権費を求めて流転し続けるのか、それとも国内で世界最高のモノづくりを追求するのか。今メイドインジャパンの逆襲が始まる。「メイドインジャパンの逆襲」コーナーでは、ニッポンのモノづくりの最新情報をお伝えしています。併せてご覧ください。
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