「同軸ケーブル対応SERDESが最適解」、マキシムが車両内の映像データ伝送で提案:車載半導体
高解像のディスプレイを搭載する車載情報機器や、車載カメラを使った運転支援システムでは、車両内で発生するノイズの影響を受けずに高解像の映像データを遅延なく伝送する必要がある。アナログIC大手のMaxim Integrated Products(マキシム)は、コスト低減に有利な同軸ケーブルを利用可能な車載対応SERDES(シリアライザ/デシリアライザ)ICを提案している。
自動車にはさまざまな車載システムが搭載されている。これらの車載システムを連携動作させるには、通信ネットワークで接続する必要がある。自動車の走る、曲がる、止まるといった機能と関連する車載システムの場合、FlexRayやCAN(Controller Area Network)、LIN(Local Interconnect Network)などの車載LAN規格が利用されている。これらの車載LAN規格は、通信の信頼性に重点が置かれていることもあり、伝送速度は次世代規格と呼ばれるFlexRayでも最高10Mビット/秒にとどまる。
自動車の電子化が急速に進展する中で、車両の各座席で高解像の映像コンテンツを楽しめる車載情報機器や、車載カメラの映像を活用した運転支援システムなどが搭載されるようになっている。映像データを、車載情報機器とディスプレイや車載カメラとの間で遅延なくやりとりするには、先述の車載LAN規格では伝送速度が不足してしまう。最低でも、100Mビット/秒以上の伝送速度で通信接続する手段が必要と言われている。
伝送速度が3Gビット/秒に達するSERDES IC
車載情報機器に映像データを伝送する上で、広く採用されているのがSERDES(シリアライザ/デシリアライザ)技術である。現時点では、高解像化が進む車載情報機器のディスプレイと本体を接続するインタフェースとしての用途が中心だ。
アナログIC大手のMaxim Integrated Products(以下、マキシム)は、車載対応のSERDES ICを展開する有力企業の1つである。日本法人のマキシム・ジャパンで第3営業部の統括部長を務める徳丸和宏氏によれば、「車載対応SERDES ICの世界市場規模は2012年時点で5000万米ドル(約49億円)以上。今後5年間の年平均成長率は20%以上に達する」という。用途の内訳を見ると、既に量産車両に採用されている車載情報機器とディスプレイを接続する用途が年平均20%成長する一方で、車載カメラを接続する用途は年平均40%で成長すると見込んでいる。
マキシムは、2003年に車載対応SERDES IC市場に参入。GMSL(Gigabit Multimedia Serial Link)というブランド名で製品を展開している。2012年に発表した「MAX9279/80」は、同社の車載対応SERDES ICとしては第6世代品に当たる。MAX9279/80は、最大伝送速度が3.125Gビット/秒で、コンテンツの著作権保護に用いられるHDCPにも対応している。また、車載情報機器の本体とディスプレイをつなぐワイヤーハーネスの長さが15m以上離れていても、3.125Gビット/秒の伝送速度でデータを送信することができる。
マキシムが投入してきた車載対応SERDES IC。最新製品は2012年に発売した「MAX9279/9280」。2009年発売の「MAX9259/9260」は量産車に搭載されているという(クリックで拡大) 出典:マキシム・ジャパン
つまり、MAX9279/80を使えば、車両前部に組み込まれた車載情報機器でBlu-rayディスクに収められた著作権保護技術が適用されている高解像コンテンツを再生し、後部座席に備え付けたディスプレイで視聴するリアシートエンターテインメントシステムを実現できるというわけだ。
しかし、高解像コンテンツの映像データを送信できる伝送速度を持ち、HDCPにも対応するSERDES ICは、マキシムのGMSLの競合となるTexas Instrumentsの「FPD-Link III」やソニーの「GVIF」にも存在している。MAX9279/80の最大の特徴は、機器間を接続するワイヤーハーネスとして同軸ケーブルを初めて利用できるようにした点にある。徳丸氏は、「HDCPに対応した2011年発表の『MAX9263/9264』までは、競合他社と同様にワイヤーハーネスにSTP(シールデッドツイストペアケーブル)を使用していた。しかし、STPよりも安価な同軸ケーブルに対応することで、競合他社との差異化が図れると考え、MAX9279/80を開発した。当社の試算では、STPに替えて同軸ケーブルを使用すれば、コネクタを含めたワイヤーハーネスコストを40%削減できる」と説明する。
この他にもMAX9279/80は、車両内で発生するノイズへの対策として重要な役割を果たすスペクトラム拡散通信に必要な回路について、シリアライザとデシリアライザともICに集積している。「競合他社は外付け部品を使用している」(徳丸氏)という。さらに、ワイヤーハーネスの距離を15m以上にしても問題なく通信できるように、シリアライザ側でプリエンファシスを行ったり、デシリアライザ側でイコライジングを行ったりする機能も備えている。徳丸氏は、「イコライジングによって、どのメーカーのワイヤーハーネスでも最適な通信が行える」と利点を強調する。
「MAX9279/9280」のノイズ対策機能。シリアライザでプリエンファシス、デシリアライザでイコライジングを行える。この他、スペクトラム拡散通信に必要な回路を集積していることも特徴となっている(クリックで拡大) 出典:マキシム・ジャパン
車載イーサネットに対する優位性
現在、車載カメラの主な用途となっているのが、車両の後方をディスプレイに映し出すバックモニターと、自車両を上から見下ろす視点で周辺の映像を表示して駐車を支援するサラウンドビューである。特にサラウンドビューは、車両の前後左右それぞれに4個の車載カメラを搭載する必要があるため、車載カメラやそのインタフェースICの市場を拡大する起爆剤として期待されている。
日産自動車の「アラウンドビューモニター」をはじめ、現行の市販車両のサラウンドビューに使用されている車載カメラは、VGAサイズのアナログ映像を出力するものがほとんどだ。しかし、開発が進められている次世代のサラウンドビューでは、より高解像の車載カメラからデジタル出力した映像データを利用することで、より鮮明な周辺映像を表示したり、歩行者認識や白線検知などの機能を搭載したりしようとしている。
マキシムは、この次世代サラウンドビュー向けの車載カメラの通信インタフェースに用いるSERDES ICとして「MAX9271/9272」を展開している。MAX9279/80の技術を基に開発することで、同軸ケーブルに対応する機能そのままに、著作権保護が不要なことからHDCP対応機能を省き、最大伝送速度を1.5Gビット/秒に抑えている。ただし、1.5Gビット/秒あれば、720pという高解像の車載カメラの映像データを非圧縮で伝送できるので、十分な伝送速度といえる。
サラウンドビュー向けインタフェースで、SERDESの他に注目を集めているのが、車載イーサネットだ。2011年11月にOPEN Alliance SIGという標準化団体が発足しており、日米欧の大手自動車メーカーや、ティア1サプライヤ、車載半導体メーカーが参加して、開発を加速させている(関連記事:車載イーサネット標準化団体が勢力を急拡大、発足5カ月で30社以上が参加)。
現在策定が進められている車載イーサネットの仕様は、伝送速度が最大100Mビット/秒となっている。SERDESのように、高解像の車載カメラの映像データを非圧縮で送信するには、伝送速度が不足している。このため、車載カメラで映像データを圧縮してから、車載イーサネット経由で車載情報機器に送信した後、車載情報機器のプロセッサで伸張するというプロセスが必要になる。ただし、イーサネットという枯れた技術を利用できることや、SERDESと違って標準規格として策定されていること、ICのコストが安価であることなど、主にコスト削減の観点で高い評価を受けている。
徳丸氏は、「確かに車載イーサネットは注目されているが、自動車メーカーもティア1サプライヤも車載イーサネット一辺倒になっているわけではない。当社のMAX9271/9272には、車載イーサネットでは得られないメリットがいくつもある」と主張する。
まずは、1本の同軸ケーブルで映像データの送信、制御信号の送受信、電源供給を行えることだ。車載イーサネットの場合は、電源供給のためのワイヤーハーネスが別途必要になる。「電源供給も1本のワイヤーハーネスで行えるように、PoE(Power over Ethernet)も検討されているようだが、その場合にはトランスなどの外付け部品が必要になる。それでは、車載イーサネットのコストメリットを生かせないのではないか」(徳丸氏)という。
次に、映像データを非圧縮で伝送することによる遅延の短さだ。MAX9271/9272の遅延時間は最大でも6.7μs。これに対して車載イーサネットは、映像データを圧縮/伸張するので、ms単位の遅延が発生する。徳丸氏は、「駐車時などに使用するサラウンドビューの場合は、ms単位の遅延を許容できるだろう。しかし、高速道路の走行時などに使用する運転支援システムの車載カメラに適用する場合には、ms単位の遅延は致命的だ。例えば時速200kmで走行している際には、10msの間に56cm移動することになる。この56cmが人命を左右することもある」と語る。
MAX9271/9272は消費電流も75mAと少ない。車載イーサネットでは、車載カメラ側に映像データを圧縮するためのICが必要になるが、MAX9271/9272は不要だ。マキシムは、OmniVision Technologiesの1280×800画素の車載カメラとMAX9271(シリアライザ)、電源ICなどを搭載する映像データ伝送回路を組み合わせたリファレンスを提供している。映像データ伝送回路部の容積は、0.8立方インチ(約2cm3)と小さい。
さらに徳丸氏は、「GMSLブランドのSERDES ICは、一般的なCMOSプロセスで製造しているので、特別に高コストなわけではない。同軸ケーブル対応をはじめとするシステムトータルでのコストを考えれば、車載イーサネットに十分対抗できる」と述べている。
「GMSL」のIP提供も視野に
マキシムは、車載情報機器や車載カメラにおけるSERDES技術の採用拡大に向けて、SERDES ICの販売のみならず、IP(Intellectual Property)提供も検討している。「SERDES技術がインタフェースとして利用される以上、映像データを処理するプロセッサとの組み合わせが重要になる。ユーザーによっては、SERDESの回路をプロセッサに集積したいという要望も出てくるかもしれない。単にICを提供するだけでなく、ユーザーの要望に合わせた柔軟な対応が必要になると考えている」(徳丸氏)という。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- Gbps時代を迎える車載情報系ネットワーク
現在、欧州の市場を中心に、従来よりも高速なネットワーク技術を用いる車載情報機器の開発が進められている。数年前までMbpsのレベルであったネットワーク通信速度は、現在では1Gbpsを優に超えるようになってきている。本稿では、まず車載情報機器のネットワーク技術にGbpsクラスの通信速度が必要になっている背景を説明する。その上で、高速の通信速度に対応する車載通信用ICの動向についてまとめる。(本誌編集部 取材班) - 白熱する車載バッテリーモニターIC市場、量産採用決めたマキシムが展開を拡大へ
電気自動車やハイブリッド車の大容量車載電池システムに用いられるバッテリーモニターIC市場では、現在多くのICベンダーがしのぎを削っている。そのうちの1社であるMaxim Integrated Products(マキシム)は、2013年以降に発売される量産車への製品採用を続々と決めている。 - 2012年は車載分野に最大注力、国内市場攻略が成長の鍵に
車載分野に注力する方針を表明しているアナログ半導体大手のMaxim Integrated Products。特に、国内の自動車メーカーやティア1サプライヤの取り込みは至上課題となっている。同社の車載半導体事業の担当者に、国内車載市場を攻略するための取り組みについて聞いた。