スマートデバイス三国時代、ハードウェアメーカーが生き抜く道はどこか:本田雅一のエンベデッドコラム(16)(3/3 ページ)
スマートフォン/タブレット端末が引き起こした変化の波は、これまでの製品作りのルールを大きく変えようとしている。Apple、Google、Microsoftの製品戦略から、将来、ハードウェアメーカーが担うべき役割を模索する。
Microsoft「Surface RT」の歯切れの良さと悪さ
ハードウェア、ソフトウェア、サービスを全て1社で担うApple、ハードウェア事業に興味はなく、端末1台当たりの単価や利益についても興味があるように感じられないGoogleとは異なる視点で、新たなビジネスルールに対応しようとしているのがMicrosoftだ。
ご存じのように、Microsoftは「Windows Phone」で標準的なシャシースペックを定義し、そのスペックに合わせて基本ソフトウェアを作り込むという手法を導入した。現在、Windows Phoneは、さまざまなハードウェアメーカーから発売されているが、性能レベル、安定性、ユーザーインタフェース、画面解像度などに関しては、Microsoft自身が管理できるようにしている。
これは、汎用の基本ソフトウェアベンダーであるMicrosoftが、iPhone的な作りの端末を展開するために導入した戦略であり、今度はこれを「Windows RT」搭載端末にも導入した。Windows 8/RTは、使用メモリを最小化し、パフォーマンスチューニングを徹底することで、歯切れの良い動きを実現しているが、それも基準のシャシースペック、プラットフォームを決め、性能が出るよう、また省電力な動作ができるように作り込んだからだ。
しかし、一方で汎用の基本ソフトウェアをハードウェアメーカーにライセンスすることで発展してきたMicrosoftとしては、大きな岐路に立たされている。Windows RT搭載端末は、各アプリケーションプロセッサベンダーと共同開発でチューニングを行うため、製品を開発するハードウェアメーカーはプロセッサベンダーごとに振り分けられたのだ。
Windows RT搭載端末にプロセッサを供給するのは、当初、Qualcomm、NVIDIA、Texas Instruments(TI)の予定だった。しかし、TIが予定通りに製品開発を行えなかったため、QualcommとNVIDIAの顧客×2社+Microsoftの合計5社に絞り込んで製品開発が行われた。TIの顧客だったと推察されるHewlett-Packard(HP)は、早々にWindows RT搭載機から撤退を発表し、同じく東芝も第1世代では製品を出すことができなかった。
結果として、現在登場している製品を見てみると、どれも従来のPCと比較し、操作に対する応答性、サスペンド、レジュームの速度、バッテリー持続時間などの面で大きく進歩している。その中でも最も、Windows 8/RTの世界観を表現しているのがMicrosoftの「Surface with Windows RT(Surface RT)」だ。なお、MicrosoftはSurface RTに加え、Intel Core i5プロセッサを搭載する「Surface with Windows 8 Pro(Surface Pro)」も発売する予定である。
タブレット端末とキーボード、パッド操作を融合したSurface RTは、いわば新しいWindowsの方向性、将来のコンピューティング像を示す標準機といえる。「Windows 8/RTは、こういう製品になることを考えて作った」というメッセージを具現化したものと言い換えてもいい。Windows 8/RTの発売に合わせ、MicrosoftはMicrosoft Storeを全米で60店舗展開(期間限定ストア含む)。期間限定ストアは、主にSurface RT売り場と化しており、常設ストアでも展示スペースの大半はSurfaceばかりだった。価格が499ドルからと安価なことも手伝い、モデルによっては発売後数日で売り切れるほどの盛況ぶりだった。
実際に、Surface RTを購入してみて驚いたのは、想像していた以上に手間暇を掛けて、質感やディテールにこだわった作り込みをしている点だった。このレベルの製品を低価格で出されてしまうと、PCメーカーはかなり厳しいのではないだろうか。
もちろん、自由にPCメーカーがアイデアを凝らした製品を開発できるWindows 8機ならば、MicrosoftがSurface Proを発売したとしても、大きな影響はないだろう。しかし、従来のWindowsでは進出できなかったスマートデバイスのエリアに進出する急先鋒となるWindows RTで、MicrosoftのSurface RTが標準機として鎮座し、価格、質感、スペックなどの面で秀でてしまうと、先行開発メーカーはもちろんのこと、先行開発に選定されなかったPCメーカーはとても太刀打ちできない。それ故、Surfaceシリーズは店頭でのパートナーとの競合を避けるため、Microsoft Storeとオンライン直販でしか販売されていない。
MicrosoftはSurface RTの誕生を祝い、その訴求もしながら、Windows 8のハードウェアメーカーにも気を使い、店頭での競合を避けるという難しいかじ取りをしなければならない。一見すると、GoogleのAndroid搭載タブレット端末と似た状況にも思えるが、実はもっと難しい。
Windows RTで追加できるアプリケーションは、「Windows Store」で配布される新しいAPI対応のアプリケーションのみだ。そのため、従来のデスクトップで実行できるアプリケーションは追加することができない。そこで、Microsoftは「Office 2013」(現時点ではプレビュー版)をバンドルする形でライセンスしている。トータルのコストは、1台当たり85ドル前後だそうだ。Surface RTが、32Gバイトメモリと11インチ近いディスプレイ、10時間以上使えるバッテリーとIn/Outカメラ、GPS、モーションセンサーなどを搭載し、丈夫な金属外装やシャキシャキと動くスタンドを備えて499ドル。これがWindows RT搭載機の価格トレンドの基準とするならば、販売額の17%に相当する金額分の価値を、Microsoftはハードウェアメーカーに提供しなければならない。
新領域への挑戦権を獲得するために、低価格で良質、新コンセプトを盛り込んだハードウェアを提供しつつ、高価なライセンス料金を支払うハードウェアメーカーに対して、それに見合う価値を提供する。Windows 8/RTで、Microsoftはかつてない大きな挑戦を始めたといえるが、これはハードウェアメーカーにとっても同じことだ。
Microsoftが、従来のスタイルを崩してまでSurfaceブランドを立ち上げたのは、従来型のパーソナルコンピュータでは、個人向けコンピュータの市場をiPadに奪われると考えたからだろう。業務用のコンピュータ端末として、あるいは事務作業を行うためのコンピュータとして、今後も“PC”は重要な位置を担っていくだろうが、“パーソナルコンピュータ”の定義は今後、変化していく。新たなパーソナルコンピュータの世界(マルチウィンドウで道具を使い分けながら作業するスタイル)とは異なる、新しい“コンピューティングスタイル”の確立を、Microsoftは行わなければならない。今まさに、そのタイミングに差し掛かっているといえる。
MicrosoftのWindows部門のトップを務めていたスティーブン・シノフスキー氏は、辞任直前のインタビューで、「私たちは“多様性”を求めている。Surfaceは、Microsoftが考えるコンセプトの1つだが、これをきっかけに新たな、多様なコンピュータが生まれていくはずだ。そのための基礎となる製品を作った。だからこそ、われわれは新しいWindowsについて、“Windowsの再定義”と呼んでいる」と話し、Surfaceは、あくまでもPCメーカーの創造性を喚起させる“種”にすぎないことを強調した。
とはいえ、「Windows 7」までのMicrosoftとハードウェアメーカーの関係に比べ、Windows 8におけるそれが変化してきていることは間違いないだろう。Windows 8のアップグレードライセンス販売は、Windows 7のペースを上回る速度だという。ハードウェアメーカーにとって、Windows 8がよりどころになり得るのかどうか。ハードウェアメーカーに対して一定以上の価値を出さねばビジネスが成り立たないMicrosoftは、現時点のパートナーとしては一番くみしやすい相手なのかもしれない。
筆者紹介
本田雅一(ほんだ まさかず)
1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。
Twitterアカウントは@rokuzouhonda
近著:「iCloudとクラウドメディアの夜明け」(ソフトバンク新書)
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