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当たり前のことを確実に――“Appleのモノづくり”から足元を見つめ直す本田雅一のエンベデッドコラム(10)(1/2 ページ)

数多くのモノづくり現場を取材してきた筆者。今回はMacBook、iPod、iPhone、iPadなど世界的に注目されるプロダクトを世に送り出し続けるAppleにフォーカスし、筆者ならではの切り口で“Appleのやり方”に迫る。

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 「次回はスティーブ・ジョブズ氏の“モノづくりの姿勢”に関してまとめてくれないか」――ジョブズ氏の死から数日後、編集部からそんなリクエストを受けた。とはいえ、私はジョブズ氏に、Appleの経営や製品開発について、直接取材したわけではない。それはさすがに無理だ……。

 しかし、筆者はジョブズ氏に極めて近い位置でAppleの業務執行に約6年間携わってきた人物とAppleについて繰り返し、何度も話をしてきた。時に、随分と長い時間話し込んで、さまざまなエピソードを聞かされたこともあった。そんなこともあり、私がAppleについて話をする時、幾つかの取材の中から得られたジョブズ氏のやり方と自分自身の考えが混ざり合い、どこからどこまでが自分のアイデアなのか、その区別がついていない面が正直なところある。

 編集部からの依頼に躊躇(ちゅうちょ)したのは、いくら多くの取材を周辺の人物にしたとはいえ、自分の口からそれをそのまま伝えることに抵抗を感じざるを得なかったからだった。

 そこで、今回はこれまでに聞いたさまざまな話を踏まえた上で、それらを一つ一つ自分の頭の中で咀嚼(そしゃく)し、自分の考えとして、あらためて“Appleのやり方”について書いてみたい。とはいっても、実は“Appleのやり方”は実にオーソドックス。ハードウェアメーカーとして「正攻法のやり方」を徹底しているのだ。

ハードウェアメーカーはもうかる!

 昨今、PCやデジタル家電をはじめとする各分野で、“ハードウェアメーカーはもうからない”という考え方を持っている人が意外にも多い。しかし、ハードウェアはとても“もうかるビジネス”なのだ。

 ただし、大きなもうけを出すためには、幾つかの条件を守らなければならない。その中でももっとも重要なものは「たくさん同じモノを作り、たくさん販売する」ことだ。

 例えば、パナソニックは生活必需品ともいうべき“家電製品”を生み出し、同じものを大量に、全国に広めることで企業として成長した。量産効果で低価格化を図り、誰もが気軽に使える価格にして販売する。それはパナソニックの社是のようなやり方だ。同じように大量生産で、誰もが楽しめる家電を生み出して成長したのはソニーだった。

 では、Appleはどうか。Appleの製品ラインアップを見れば分かる通り、世界でもっとも価値のあるエレクトロニクス企業になったにもかかわらず、製品数はとても少ない。可能な限り単一の機構設計を採り、グレードは採用パーツの性能/容量でのみ差別化している。

 さらに一つの製品で、幅広いユーザー層に対応できるよう工夫もしている。多くのAndroid搭載スマートフォンが、特定のユーザー層に向けて先鋭的な商品企画を行うのに対して、iPhoneは基本的に一つの端末で、全てのユーザー層をカバーしている。「ニーズの違いにはアプリケーションで対応する」というスタイルを貫いている。

 もちろん、それによって失っているユーザーもいるだろう。しかし、ハードウェア事業の特徴を考えるとき、“製品数が少ないことの利点”は明らかだ。Appleの利益率が高いのは、ハードウェアメーカーとしての本質を体現することが徹底されているからだ。

機構設計や生産設備にコストを掛け、長い期間で償却する

 デザインや質感には普遍的な価値がある。流行にとらわれない本物のデザインと質感を実現するにはコストが掛かる。しかし、デザイン更新のサイクルを長く取り、長期間かけて償却すれば、“より低いコストで高い価値を持つ製品”を作り出すことは可能だ。前述した単一の機構設計で幅広いユーザー層をカバーし、製品数を増やさないというポリシーと組み合わせることで、事業を効率化できる。

 エンドユーザーの立場から見ても、優れたデザインと質感を持つ製品であれば、大抵の場合、どんなに長く使い続けても古さを感じず、ずっと手元に置いていてもそれが嫌になることはほとんどないだろう。もちろん、“中身の性能”は技術トレンドと共に相対的に下がっていくため、いずれは買い換えを検討することになるわけだが。

 問題は買い換えを検討する際、今使っている製品にどれだけの“満足”を感じているかだ。これは購入直後の満足度とは異なる。デザインや質感に劣る面がなければ、同じメーカーの製品を選びたいと感じるだろう。しかし、手元にある製品に、どうしようもない古臭さを感じていたとしたら……、どういう行動を取るだろうか?

 これと同じような話を複数の日本の電機メーカーにしたことがあるが、モデルチェンジごとにデザインコンセプトを変え、機能を変えていかなければ、店頭で目立つことができず、新型にもかかわらず旧型と大して変わらない製品と見られてしまうため、「定期的な見た目の陳腐化は必要不可欠なのだ」という返答がほとんどだった。

 しかし、Appleは高コストといわれたマシニングセンターを用い、アルミ押し出し材を削って作る筐体設計などを、初代MacBook Airでのトライアルを経て、現在は非常に幅広い製品に展開し、大成功している。経験値に加え、同じ手法で製造する製品の生産数が飛躍的に伸びたことは明らかだ。

 結果として、「こちらの方が低コストである」との指摘もあるほど。問題対処や細かな仕様変更に対して、プログラム変更だけで対応でき、またNCプログラムを渡すだけでパートナーに製造させることが可能なため、ノウハウが流出しにくい利点もあるという。

初代MacBook Air
初代MacBook Air

コンピュータはOSが全て

 ジョブズ氏は「コンピュータをベースにした製品戦略を自由に仕掛けていくには、OSを普及させなければダメだ」と、常々話していたという。シンプルに目的を達成するには、操作性を含めた利用シナリオをどう実現するかといった、実装面での優秀性が試される。

 一般的な家電製品の場合、それはハードウェアの機構設計とファームウェアで達成してきた。PCの場合、処理能力が高いためソフトウェア(+サービス)を改善すれば、大抵のアプリケーションは実現できるが、いかに優れた実装をしたとしてもOSが普及していなければ、限られた・閉じた環境でしか長所を生かすことはできない。それでは家電製品と大して変わらない結果しか得られない。

 Appleの作るOSを至る所に普及させ、そこにライフスタイルを変える新たな要素を盛り込んでいく。そうすれば、OSのアップデートを細かく行うことで、新たな提案を仕掛けることが容易になる。

 こうした考え方を口にしていた時期は、まだMac OS Xがリリースされるか、されないかぐらいのタイミングだったようだ。いくら頑張ってMac OS Xを普及させたところで、世の中を変えられるほど、Macを普及させることはできないし、生活の中に溶け込むこともできない。

 そこで、Mac OS XをPC以外の機器に組み込んでいくという戦略を立てた。現在のiOSはMac OS Xを基礎にして開発されているが、これは“Mac OS Xのエッセンス”を音楽プレーヤー、テレビ、携帯電話に広めていくという、基本戦略から生まれたもので、実は10年以上前から計画されていたとのこと。

 では、なぜそれほど以前から、将来を見通すことができていたのか。ジョブズ氏は2001年に行われたNHKのインタビューで「私が予測できるのはせいぜい3年先のことです」と答えている。

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