当たり前のことを確実に――“Appleのモノづくり”から足元を見つめ直す:本田雅一のエンベデッドコラム(10)(2/2 ページ)
数多くのモノづくり現場を取材してきた筆者。今回はMacBook、iPod、iPhone、iPadなど世界的に注目されるプロダクトを世に送り出し続けるAppleにフォーカスし、筆者ならではの切り口で“Appleのやり方”に迫る。
新しい技術の誕生は予測できないが、生まれた技術が実用化できる時期は簡単に予想できる
明日生まれる新しい技術を予想できる人など、恐らくどこにもいないはずだ。また、全く新しい技術によるトレンドの変化も予測など不可能である。ジョブズ氏が“3年先ぐらいまで”と答えたのは、“そのぐらいの範囲ならば実用化して世の中に普及していく様子、世の中の反応が予想できる”という意味だろう。
Appleは90年代半ばまで、新しい(中には実現不可能と思えるような技術も多かった)技術への投資を積極的に行っていたが、ジョブズ氏が1997年に復帰して以降は、最新技術を自ら生み出そうとはしなかった。最先端の技術を開発しようとしても、それが実用化され、幅広い人たちに使ってもらえるようになるまでには時間がかかる。
しかし、今既に知られている技術が実用化できるタイミングならば、予想することが可能だ。先に発売されたiPhone 4Sでは「Siri」という電子秘書機能が搭載された。音声認識と文脈解析、人工知能などを組み合わせたものといえるが、いずれも基礎技術としては以前から存在するものだ。それ以外にも、Apple製品の価値を高めている技術の多くが、要素技術としては新しいものではないことに気付くと思う。
既存の技術を応用し、組み合わせることで、新たな提案をユーザーに行える。その際、どのようなタイミングで何ができるようになるのか。その部分を整理して、製品に応用する最後の数年に投資を行う。これはソフトウェアだけでなく、ハードウェアに関連した部分でもAppleが実践してきた考え方だ。
ハードウェアメーカーなのだから、製品に注力するのは当たり前
iTunes Music Storeが成功を収め始めたころ、「Appleはクローズドな環境を作り、ソフトとハードの両方で利益を出している。うちもコンテンツの流通で利益を上げられるようになりたい」といった日本メーカーの幹部がいた。もちろん、そうした人物ばかりというわけではないが、当時、Appleのコンテンツ配信事業について、電機メーカー幹部だけでなく、ほとんどのマスコミも誤解していた。
音楽配信に関していえば、音楽プレーヤーによってライフスタイルを豊かにする製品を提供するため、その豊かさの源泉である音楽の流通性を高める施策を行うのは当然のことだ。ハードウェアを販売するために、ハードウェアの価値を高めるため、ネットでのダウンロード販売を行う。本業ではないため、音楽の流通で利益を挙げることが主眼ではないと行動で示した。
Appleは想像するよりもずっと狭いフロアに数少ない幹部が集まり、少人数で業務を執行しているという。その中でジョブズ氏は、製品の設計や財務、各国の売上状況などに関してチェックはするものの、直接細かな指示は出さなかったという。
その代わりに製品そのものの使いやすさやサービス、ソフトウェアとの連動性など、実際に使った上での体験について、事細かく指示を与えた。製品の試作はハードウェア、ソフトウェアともに自分で目を通し、体験して、満足できる結果になるまで繰り返し改善させるのが常だった。
ジョブズ氏は「ハードウェアメーカーなのだから、CEOは製品そのものを改善することに注力すべき」と繰り返し話していたという。日本の製造メーカーも、かつてはそうした“経営層に至るまで製品についての深い知識とコダワリ”があったはずだ。
将来を見据えて目標を達成するための戦略が重要なのであって、目先の商品を売るためだけの戦術にこだわって業績を追い始めると、長期的に見て、製品は弱体化していく。経営術や技術開発は目的達成の手段であって、本来やるべきこと、目的は製品を良くすることだ。
当たり前のことではあるが、それらを完璧にこなせている企業が、どれだけあるだろうか? Appleについての取材を再度進め、あらためて感じたことは、彼らは常に正攻法、“当たり前のことを確実にこなしてきた”ということだ。
なぜ、俯瞰(ふかん)して「当たり前」と思えることが、実践できないのか。それぞれの企業で事情は異なるだろう。“Appleのやり方”が、そのまま全ての企業に当てはまるわけではない。しかし、その基本となる考え方には足元を見つめ直すためのヒントがあるように思う。
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筆者紹介
本田雅一(ほんだ まさかず)
1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。
Twitterアカウントは@rokuzouhonda
近著:「iCloudとクラウドメディアの夜明け」(ソフトバンク新書)
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