「秘伝のタレ」はデータではない――HILLTOPが40年かけて築いた「学習する工場」:製造業“X”探訪(8)ヒルトップ(3/3 ページ)
多くの製造業がDXで十分な成果が得られていない中、あらためてDXの「X」の重要性に注目が集まっている。本連載では、「製造業X」として注目を集めている先進企業の実像に迫るとともに、必要な考え方や取り組みについて構造的に解き明かしていく。第8回は、DXを含む独自の生産システムを確立している京都のHILLTOPを紹介する。
データをためる会社から「学習する工場」へ
これまで示した通り、HILLTOPでは、加工に関する初期条件が設定されれば、精度と経営のバランスを取った加工方法をAIにより、ほぼ自動的に生成できるようになっている。一方で、設計図面から条件を設定する作業、つまり「どう加工するかを考える」という時間は必要だった。実は、社内の作業時間を分析すると、これに多くの時間を費やしていることが分かった。
そこで、これを削減するため、過去のデータから有力な加工方法の選択肢をいくつか提示し、それを選択する仕組みを作った。これにより、作業時間の短縮だけでなく、経験が少ない社員でも加工工程を設計できるようにしたという。その結果、新規品でも短期間で加工条件を決められるようになり、同社では現在、新規品で最短5日、リピート品で最短3日という短納期対応を掲げている。
ところが、ここで一つ疑問が生じる。考える時間を減らし、過去のデータから提示された選択肢を選べばよいのであれば「新しいことを考えるのが楽しい」という、そもそもの出発点を失ってしまうのではないだろうか。つまり、DXを進めれば進めるほど、人間が考える余地が減ってしまうのではないか。
その疑問に対し、山本氏は「人が楽しさを感じる仕事のフェーズそのものを上げていく」という考え方を示す。
その考え方は、HILLTOPの事業領域に表れている。HILLTOPでは現在、「部品加工事業」に加え、「装置開発事業」「DXソリューション事業」まで手掛けている。部品をどう加工するかという仕事をデータ化、自動化すれば、人は次に新しい装置や新しい加工方法を考える。そこも仕組み化されれば、今度は自分たちが作った仕組みを、他の製造企業の課題解決に使う。
このようにして、人をルーティンから解放するたびに、人が担う仕事を一段上位に移してきたともいえる。この結果だけを外から見ると、HILLTOPは「順調にDXを進めてきた企業」というように映る。しかし、山本氏の話から見えてきたのは、自分たちのモノづくりの在り方を「人が楽しく働けるように」としてきたら、DXが進み、結果として、製造業をサポートすることをなりわいとする企業になったという姿である。
「製造業が嫌い」というところから出発し、自らを製造サービス業と呼ぶ山本氏だが、だからこそ「製造業の現場を魅力あるものにしていきたい」という思いは強い。
その姿勢は、工場見学の受け入れ姿勢にも見られる。年間4000人以上の見学者があるそうだが、見学は無償にし、今後もコストはかかっても有償化はしない方針だという。訪問客の大半は製造業で、自分たちのDX化された工場を見てもらうことで「少しでもその価値を感じてほしい」(山本氏)という。
工場を見学すると、その思想が実際の空間にも表れている。部品加工事業におけるメイン部署が同じフロアで仕事をし、その向こうには加工機が並んだ工場が見える。
工場側を見ると、機械の前に人がほとんどいない。夜間は、人ではなく機械が加工を続ける。長時間加工できる仕事を夜間に配置するなど、生産計画自体を工夫し、多品種少量でありながら無人加工を実現している。
この工場を見ていると、「自動化工場」という言葉だけでは言い足りないように感じる。
重要なのは、人がいないことではない。昼間に人が新しい加工を考え、データ化する。次に、そのデータを使って機械が加工する。そして、加工した結果が、また次のデータになる。そして翌日、人はその蓄積の上から、さらに新しい仕事を始める。つまり、重要なのは、この工場では、人と機械とデータの間で、仕事のループが回り続けていることである。
さらにHILLTOPは、そのループを加工工程の中だけに閉じようとしていない。「HILLTOP SYSTEMは多数のシステムの集合体だ」と山本氏は説明する。
CAD/CAMを含む加工プロセスや、工具、加工条件の選択など、自社の加工ノウハウが反映される部分を持つ一方、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)システムやSFA(Sales Force Automation:営業支援)システムなど、外部に優れた汎用システムがあれば積極的に組み合わせていく。それらを製造工程管理、原価管理、購買、在庫などの情報とつなぐ。
さらに、工作機械やセンサーから得られる現場データをエッジ側で収集し、工具摩耗や設備異常など、現場で起きるさまざまなイベントを捉える仕組みづくりも進めているという。
そして今後は「現場データの生成と収集」「データマネジメント基盤への蓄積」「データの可視化と意思決定への活用」というグランドデザインの下、現場のOT(Operational Technology)データと企業側のIT(Information Technology)データをさらに結び付けていこうとしている。
ここまで来ると、最初に見ていた「加工条件を決めるループ」が、もっと大きなループになっていることに気付く。つまり、「加工条件を決める」「加工する」「結果をデータ化する」「次の加工条件を改善する」という現場のループに加え、その外側に、「受注」「生産計画」「加工」「原価、納期、品質を把握」「経営判断」「次の受注や生産へ」という企業経営のループが存在する。
HILLTOPがこれから目指しているのは、この2つをデータでつなぐことだ。そう考えると、HILLTOPを単に「加工データを大量に持つ会社」と表現するだけでは、その本質を捉えきれない。
同社が約40年かけて作ってきたのは、巨大なデータベースというより、経験をデータにし、データを次の仕事に使い、その仕事からまた新しいデータを生み出す仕組みである。これは、言ってみれば「学習する工場」だといえる。
AI時代の「秘伝のタレ」とは何か
今回HILLTOPを訪ねたのは、日本の製造業が持つ「秘伝のタレ」である加工ノウハウを、AIによってどう競争力に変えられるのかを考えるためだった。ところが、取材を終えてみると、問いそのものを少し変える必要があるように感じた。
「AIにどんなデータを学習させるか」より先に、「価値のある加工データは、どうすれば生まれ続けるのか」を考えなければならない。
熟練者が最後に選んだ「正解」を集めるだけではなく、「どんな条件を試したのか」「その結果、何が起きたのか」「なぜ条件を変えたのか」「変更した結果、加工はどう変わったのか」、そして「その経験を次の仕事にどう使ったのか」という情報を蓄積し、そのループを回すことで、初めて企業の中に「学習できるデータ」が蓄積していく。
HILLTOPの強みは、AI時代になって大量の加工データを集め始めたことではない。人をルーティンから解放しようとして、40年以上前からこのループを回し始めていたことにある。
AIが登場した現在、その蓄積の意味が、以前とは違って見え始めている。日本の製造業の「秘伝のタレ」とは、熟練者の頭の中にある一つのレシピだけではないのかもしれない。失敗も含めて「試す」「削る」「結果を見る」「データにする」「次に生かす」、そして「また試す」。その循環そのものが、「秘伝のタレ」を生み続ける仕組みなのではないだろうか。
筆者プロフィール
西垣淳子(にしがき あつこ)
1991年に東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業省では日本の魅力を発信するクールジャパン政策や、日本のモノづくり産業支援政策などを推進。特許庁時代には、商標や意匠を活用したブランディング戦略や、技術情報などをベースとした知財戦略を支援した。その後、石川県の副知事となり、デジタル化、グリーン化などに取り組んだ。2025年から政策研究大学院大学 特任教授、金沢工業大学 産学連携室 客員教授を務める。
楠和浩(くすのき かずひろ)
1988年に九州大学大学院を修了後、三菱電機入社。研究所にてリアルタイムネットワークの研究開発に従事。また、名古屋製作所でCC-Link IEの開発やe-F@ctoryの事業企画などを担当。情報技術総合研究所長、FAシステム事業本部役員技監として研究開発を統括した。2023年から早稲田大学研究戦略センター教授。ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)WG1共同主査(2022年度)、一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)理事などを務める。博士(工学)。
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