検索
連載

触媒の耐久性と劣化機構燃料電池と構成材料の基礎知識(5)(3/5 ページ)

本連載では、水素を燃料として発電する「燃料電池」について、基本事項から技術開発動向までを、技術系の方でなくても理解できるように解説していきます。第5回では、燃料電池の耐久性に視点を置き、構成材料の最重要材料の1つである触媒の劣化が起こる要因について説明していきます。

Share
Tweet
LINE
Hatena

4.カーボン担体の酸化消失の原理〜標準電極電位について

 身近にあるカーボン材料の1つは、バーベキューなどに使われる木炭でしょうか。木炭は、種類や条件によっても異なりますが、一般的には400〜500℃位の温度で酸素と反応して燃焼し、CO2となって消失していきます(最後に灰分は残りますが)。一般的なカーボンブラックも、500℃以上で同様に燃焼してしまいます[参考資料1]。

 通常のPEFCは80℃程度の温度で運転されます。カソードには酸素(空気)が供給されますが、カーボン材料が燃焼してしまうような温度ではありません。ところが、炭素という元素は、水が存在する条件下では電気化学的に反応が起こってCO2に酸化されるという反応が起きます。

 ここではカーボンの電気化学反応がどのような条件下で起こるのかの理解をしやすくするため、電気化学で最も基本的な事項の1つである「標準電極電位」(「標準酸化還元電位」とも呼ぶ)について少し触れながら、カーボンの電気化学反応を説明していきます。本記事の読者には、化学とは異分野の技術系の方や、技術系ではない方も多くいらっしゃると思います。なるべく平易になるように説明していきます。

 図5にはいくつかの標準電極電位(E0)を示しています。「標準」と表記されるのは、電気化学反応での標準状態(25℃、1気圧)であることを表しています(その他、物質の濃度の条件もありますが、ここでは触れません)。このE0という数値は、下の(7)式の反応が平衡状態(酸化反応:左方向と還元反応:右方向が同じ速度)になっている時を0Vと定義して、さまざまな反応の数値が決められています。電気化学の決まり事として、電子は左辺に記載します。

(7) 2H++2e-=H2     E0=0.000V

図5 さまざまな反応の標準電極電位
図5 さまざまな反応の標準電極電位[クリックで拡大]

 図5では、E0の軸の上方をマイナス、下方をプラスとしています。図5にはさまざまな反応式のE0が記載されています。一般に、E0が負側にある反応ほど電子を放出しやすく、逆に正側にある反応ほど電子を受け取りやすいと考えると理解しやすいでしょう。

 また、E0は電子のエネルギー状態をイメージするための指標として捉えることもできます。電子のエネルギーは電位が負になるほど高くなるため、図5では上側ほど高エネルギー状態となるように描いています。このため、E0がより負側にある反応ほど、放出される電子はより高いエネルギー状態にあると思ってください。

 連載第1回で説明した通り、燃料電池は上記(7)式と次の(8)式の2つの反応の組合せで起こります。

(8) O2+4H++4e-=2H2O      E0=1.229V

 (7)式と(8)式のE0を比べると、(7)式の方が負側にある、すなわちこちらの反応で出てくる電子の方が高エネルギー状態になります。従って、両反応を組み合わせると、(7)式は右辺から左辺へ向かって電子が放出される反応(酸化反応)が進みます。そして、この電子が(8)式に加わることで、左辺から右辺へ向かう反応(還元反応)が進んで全体の反応が完結します。

 図5を見ると、(7)式と(8)式の組合せで、電子が高エネルギー状態から低エネルギー状態へ転がり落ちるイメージで燃料電池反応が進むことが理解できると思います。アノードで水素酸化反応が起きるには、E0のエネルギー状態よりも電極電位を低いエネルギーにする必要があります。その落差がアノード過電圧に相当します。図に示した通り、アノード過電圧は比較的小さくとも反応が進行します。

 一方カソードでは、外部回路を経てアノードからやってきた電子は、酸素還元反応が起こるE0(約1.23V)に対して電極電位を高いエネルギー状態にすることで転がり落ちていきます。その際のエネルギー落差がカソード過電圧になります。こちらの反応の活性化エネルギーが大きいため、エネルギー落差を大きくしないと反応が効率よく進行しません。そのため図5にある通り、カソード過電圧は比較的大きくなってしまうと理解できます。

 連載第1回に説明した通り、燃料電池の理論電圧は1.23Vと説明しました。これは(7)式と(8)式の標準電極電位の差に相当します。つまり両電極の「電位」差を「電圧」と呼んでいます。結果的に図5にある通り、燃料電池の稼働電圧は前述の過電圧分だけ理論電圧よりも小さくなることが分かります。

 少し余談ですが、図5には、Li(リチウム)のE0も表記しています。

(9) Li++e-=Li      E0=-3.045V

 E0が約-3.0Vと、(7)式よりもエネルギーが高い電子が出てきます。身の回りにあるリチウムイオン電池は、Liから得られるこの高エネルギーの電子を利用しているわけです。また、(8)式と組み合わせるといわゆる「空気電池」を作ることができます。アノードがLiの空気電池では、(8)/(9)式の電位差である約4.3Vという高い電圧が理論的に得られます。

5.カーボン担体の酸化消失の進み方

 前段階の説明が少し長くなってしまいました。図5には次の反応が記載されています。

(10) CO2+4H++4e-=C+2H2O      E0=0.207V

 炭素はこのような酸化還元反応が起こることが分かっています。この(10)式と(8)式を比較すると、(10)式の標準電極電位がより負側にあります。図5を見ると、燃料電池のカソード電位は基本的に(10)式よりもエネルギーレベルが低いところに位置しています。従って、燃料電池が稼働しているカソードの電位下では、原理的には(10)式が酸化方向(右辺から左辺へ向かう方向)に反応が進み、CO2へと変化する可能性があります。

 燃料電池のカソードでは常に水の生成反応が進行しています。また場合によっては反応ガスを加湿してセルに供給します。このようにカソード側は、(10)式が酸化方向に進むために必要な水が存在する環境となっています。

 以上の説明を読むと、カソード触媒のカーボン担体はすぐに酸化消失(腐食)してしまうように感じられます。実際にはカーボンの種類によって酸化反応が進む速度はさまざまです。

 図6には、カーボンブラック/黒鉛の構造が描かれています[参考資料2]。カーボンの構造は、図6(A)にあるように6個の炭素原子が作る6角形構造が基本単位で、これが平面方向に広がって「グラフェン」と呼ばれる平面シート状になります。さらにこのグラフェンが積み重なって3次元に広がり、1つの結晶粒子を形成します。

図6 カーボンブラック/黒鉛の構造
図6 カーボンブラック/黒鉛の構造[クリックで拡大] 出所::久英之、導電性カーボンブラックの現状、日本印刷学会誌、第44巻第3号(2007)

 図6(B)の左上には、カーボンブラック粒子の構造の模式図があります。表面付近は、グラフェンが積み重なった構造になっていますが、内部はかなりランダムな配列になっています。高温で黒鉛化処理をすると図6(B)右下の様に、全体的にグラフェンがきれいに積み重なった構造となります。

 一般的な製造工程で作られたカーボンブラックの表面には、図6(A)にある通りさまざまな官能基(-COOH、-CHOなど)が存在しており、これらは反応性が高いものです。また、グラフェンには端部が存在し、そこには6角形構造の一部が崩れた構造も存在します。燃料電池触媒のカーボン担体の腐食は、これらの官能基やグラフェン端部が起点となって進みやすいと考えられています。

 第1世代型と呼ばれたPAFCの開発時代から、カーボン担体の酸化消失の速度を低下させるための方法の1つとして、高温で熱処理(黒鉛化)することで安定化させるということが行われてきています(連載第3回参照)。黒鉛化処理により、酸化消失の起点となる表面官能基が減少したり、グラフェン端部の崩れた構造が消失したりするため、安定化すると考えられます。

 カーボンブラックをより高温で処理すると黒鉛化度が高まります。ただし、細孔が消失したり粒子の焼結が進んだりすることで比表面積が減少していきます。Pt/C触媒を調製する際、カーボンブラックの表面官能基やグラフェン端部などにPtナノ粒子が担持されやすいと考えられています。これらのことから、担体の黒鉛化度を高めすぎると、Ptナノ粒子を担持しにくくなったり、粒子サイズが大きくなったりなどの負の影響が出てきます。

 触媒担体をどのように安定化するべきか、これは今も重要な課題として研究開発が行われています。今後の連載で触れていく予定です。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る