顧客の要望をうのみにするな 分析まひを抜け出す「超上流のプロトタイピング」:「直感」と「論理」を使い分ける実践デザイン論(2)(2/2 ページ)
新しい価値を持つ製品開発では、要件定義の段階で議論が停滞しがちだ。本連載では、83Designが実践する「直感」と「論理」を使い分けるデザイン手法を紹介する。第2回は、顧客の声やデータをそのまま企画に落とし込むワナと、企画の超初期から具体的な「形」を使って仮説を検証する方法を解説する。
3.【フェーズ別】BMLループによってインサイトを掘り当てる実践論
では、この超初期からのBMLループ(具象化による検証)は、実際の現場でどのように機能するのでしょうか。事業企画と商品企画の2つのフェーズに分けて解説します。
(1)事業企画フェーズ:対象市場と解決すべき課題の定義
【陥りがちなワナ】
このフェーズで陥りがちなワナは、市場調査で集めた「○○が不便」「○○機能がほしい」といった表層的な声を、そのまま事業の目的に設定してしまう点にあります。顧客の本当の痛みや、その背後にあるインサイトを掘り下げるための仮説検証を初期段階で行わず、机上の議論だけで進めるため、競合と似通ったターゲットやビジネスモデルになってしまいます。結果として、「なぜ自社がやるのか」という独自の勝ち筋が見えないまま、事業計画書だけが分厚くなっていく状態に陥るのです。
【BMLとJUMPによる突破】
例として、物流倉庫向けの「スマート台車」を新規事業として開発しようとしていた事例を紹介します。当初の企画では、「競合の高機能台車と同じように、自動追従機能や積載量の向上によって作業を効率化しよう」という、台車本体の単純な機能向上の土俵で戦おうとしていました。
しかし、私たちは実際に現場へ足を運び、作業員の行動を徹底的に観察する中で仮説を飛躍(JUMP)させました。「倉庫管理者の本当の苦しみは、台車で荷物を運ぶことそのものではなく、『使われていない台車が広大な倉庫のどこにあるか分からず、探し回る時間』や『放置された台車による動線の阻害』ではないか?」とペインを再定義したのです。
その仮説を基に、新しいオペレーションの未来図を「形」にして議論を重ねた結果、競合と同じ高機能な台車本体を作る土俵から降りることを選びました。その上で、既存の古い台車に後付けできる「位置情報トラッカー」と、整理整頓を促す「ハブステーション」の仕組みに特化し、取り組むべき課題を「台車を探す無駄な時間の削減」へと大きく切り替えました。
(2)商品戦略/企画フェーズ:提供価値と具体的な体験/UXの定義
【陥りがちなワナ】
商品企画フェーズで陥りがちなワナは、ユーザーが「何に困っているか」という文脈を無視し、「どのような性能(スペック)なら買ってもらえるか」という機能レベルやスペックの議論に終始してしまうことです。
【BMLとJUMPによる突破】
ここでは、騒音の激しい工場で働く作業員向けコミュニケーションデバイスの開発事例を紹介します。当初は、「どのレベルのノイズキャンセリング精度や通話音質なら買ってもらえるか?」というスペックの議論に終始していました。
そこで私たちは、「本当の不安は音質ではなく、『耳をふさぐことで、背後から近づくフォークリフトや危険源に気付けなくなること(空間把握の喪失)』ではないか?」と仮説を再定義しました。
そして、通話機能をどのように作るかを議論する前に、「直感的な空間アラート」という体験を具体化しました。ユーザーがどのような状況で危険を察知し、デバイスからどのような振動や警告音で知らされるのかを、「カスタマージャーニーマップ」や簡単な絵コンテ(ストーリーボード)という、イメージしやすい「形(JUMP/Build)」にして会議に提示したのです。
この具体像(Build)を見せたことで、メンバーから「これまで繰り返し説明されてきた技術の用途を、具体的な利用シーンとしてイメージできるようになった」と評価され、チームの目線が一致しました。また、メンバーから出されたさまざまな意見が、そのまま定性的な検証データ(Measure)となったのです。
これにより、解像度の低い技術論議から脱却し、顧客に提供する具体的な体験価値の検証(Learn)へと、プロジェクトが一気に前進しました。
今回のまとめ:磨き上げた企画を待ち受ける「社内要件の衝突」
PMがやるべきことは、市場調査で得た声をそのまま企画書に「実装」することではありません。調査結果はゴールではなく、あくまで「最初の不完全な仮説」にすぎないのです。PMに求められるのは、調査結果を疑い、最速で「形(ラフな具体像)」を作り、BMLループを回すことです。
この「泥臭いプロトタイピングの反復」こそが、事業化前の不確実性を早期につぶし、役員会議で「GOサイン」を引き出すための「確固たるエビデンス」を生み出します。
しかし、超上流での仮説検証を経て、ユーザーが本当に求める価値(コンセプト)が定まっても、それで終わりではありません。いざ具体的な仕様を詰めようとすると、今度は「もっとコストを下げろ」「既存の部品を使え」という社内の強烈なMUST要件(制約)が殺到し、企画は再びデッドロックに陥ります。
次回は、この「要件同士の激しい衝突」をどう解きほぐし、新たなブレークスルーを生み出すのか。そのために必要な「価値の要素分解術」について解説します。 (次回へ続く)
著者プロフィール:
株式会社83Design(ハチサンデザイン)
代表:矢野 宏治
2008年設立。工業デザインを核に、戦略、企画、エンジニアリングの境界をなくし、モノづくりを全方位で支援するデザインエンジニアリングスタジオ。目に見える造形だけでなく、その背後にある戦略や顧客体験を「具体化」し、関わる全員を巻き込む「楽しいモノづくり」を追求している。情報が曖昧な状態でも頭と手を動かす「仮説検証」の反復を推進力に、家電や音響機器などのコンシューマー製品から、万博向けの特殊デバイス、R&D領域の先行開発に至るまで、数多くのプロジェクトに参画。
受賞歴:Red Dot Design Award Best of the Best、iF design GOLD AWARD、JIDA Design Museum Gold Selection、グッドデザイン賞、他多数。
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