実物を作る前に現実空間でデザインを検討/評価、MRを積極活用するイトーキ:XR活用最前線(1/2 ページ)
テクノロジーとデザインの融合による価値創出に取り組むオフィス家具メーカーのイトーキは、製品開発のデザイン検討でMR技術を積極的に活用している。
オフィス空間のデザインや働き方の提案などを手掛ける日本を代表するオフィス家具メーカーのイトーキは、近年、テクノロジーとデザインを掛け合わせた「Tech×Design(テックバイデザイン)」を独自の強みとして、新たな価値の創造/イノベーションの創出に向けたさまざまな取り組みを推進している。
その原動力となっているのが、イトーキの企業理念に基づく、新しいことへ意欲的に挑戦し続けるフロンティアスピリッツと、創意工夫によって新たな価値を生み出そうとする姿勢だ。「これらは、われわれの企業理念の中でも特に大切にしている部分であり、DNAとして創業時から変わらず受け継がれてきた思いだ」と、同社 執行役員 生産本部 開発設計統括部 統括部長の管智士氏は説明する。
イトーキでは、Tech×Designの考え方にも通じるテクノロジーとデザインの融合による価値創出を顧客向けだけでなく、社内でも実践し、デジタルツールなどを活用したさまざまな業務プロセスの改革を進めている。その1つが、製品開発のデザイン検討における「MR(Mixed Reality:複合現実)」技術の活用だ。
MRとは、ユーザーが装着したヘッドマウントディスプレイ(HMD)などを通じて、現実空間の中に3Dのデジタルオブジェクトなどの仮想情報を映し出し、リアルとバーチャルがリアルタイムで相互に影響し合う世界を実現する技術のことである。製造業においても、作業性や組み立て性の確認/検証や保守点検業務の他、作業トレーニング、デザインレビューといったシーンでの活用が進んでいる。
いざモックアップを作ってみたら「あれ?」ということも
オフィス家具にとってデザイン性は、機能性や快適性などと同じく重要な要素の1つだ。特に、働く環境やオフィスに対する考え方などが多様化する昨今、デザインの良しあしが製品の売れ行きを左右する可能性もあり得る。
MRを導入する以前の、イトーキにおける基本的なデザイン検討プロセスについて、オフィスチェアを例に挙げると、まず社内の複数のデザイナーがそれぞれデザイン案を出し合い、3D CADで設計した3Dモデルやレンダリング処理したものをPCのディスプレイで確認しながら比較検討し、デザインを絞り込んでいく。そして、選ばれたデザイン案をベースに部位ごとにブラッシュアップを図り、実際のモックアップ(立体モデル/試作)を制作して、最終的な検討、評価を行う。このモックアップの制作はそれなりの時間とコストがかかるため、限られた製品開発期間の中で、気軽に何パターンも作れるものではない。
「MR導入前のデザイン検討プロセスでは、モックアップが出来上がった段階で初めて、実空間における実際のサイズ感や他のオフィス家具と配置したときの見え方、既存製品を横に並べての比較などが行えたが、いざ確認してみると、3D CADの画面上では気にならなかったスケール感や細かい部分の収まりが気になってしまうこともあった」と、同社 スマートオフィス商品開発本部 プロダクト開発部 プロダクトデザイン部 第2チーム チームリーダーの和田光平氏は振り返る。
実際、オフィスチェアの開発の中で、画面上でのデザインや設計段階では問題なく進んでいた製品が、最終段階でモックアップを作ってみたところサイズがわずかに小さい印象を与えるように感じられたため、デザインからやり直したケースもあったという。例えば、背もたれの高さが低かった場合、背もたれの縦方向の長さだけを単純に伸ばせばよいというわけではなく、その変更に併せてデザイン全体のプロポーションから見直す必要があるのだ。そして、その手戻り作業に加えて、また一から時間とコストをかけてモックアップを制作しなければならない。「その損失は非常に大きく、開発スケジュールにも影響を与えかねないため、こうしたリスクを可能な限り回避できる方法が求められていた」(管氏)。
MR導入でデザインの方向性に自信をもって開発が進められるように
そこで、検討候補に挙がったのがMRの活用だ。MRであれば、現実空間の中にデザイナーが設計した3Dモデルを実際の大きさで配置できるため、モックアップを作ることなく、素早くリアルな環境下での比較や検討が行える。最終的なデザインのブラッシュアップはもちろんのこと、検討初期の複数のデザイン案を比較し、評価する段階から活用できる。
さらに、ソリッド形状だけでなく、テクスチャーを付加することで張り地の雰囲気や質感といったディテールまで再現したり、肘掛けの有無や形状などを変更したりと、モックアップのみで行うよりも多くのバリエーションを比較、検討することが可能だ。
MRを用いたデザイン検討の利点について、和田氏は「担当するデザイナーも3D CADの画面上だけの判断ではなく、実空間の中での見え方まで把握できるようになり、自分のデザインの方向性に自信をもって開発が進められるようになった。決定したデザインのブラッシュアップのプロセスの質も高まり、最終的に制作するモックアップの精度も大幅に向上した。やはり、『実際の空間の中でどう見えるか?』を把握できるのがMRの大きな魅力だ。3D CAD上での確認では得られなかった気付きもたくさん得られるようになった」と語る。
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