要件定義の停滞を具体像で突破 開発を着実に推し進めるプロトタイピングの実践:「直感」と「論理」を使い分ける実践デザイン論(1)(3/3 ページ)
新しい価値を持つ製品開発では、要件定義の段階で議論が停滞しがちだ。本連載では、83Designが実践する「直感」と「論理」を使い分けるデザイン手法を紹介する。第1回は、具体像を用いたプロトタイピングによって、上流工程の膠着(こうちゃく)状態を突破する方法を取り上げる。
5.事例:価値のトレードオフを乗り越える「翻訳機」としての形
「1.現場を襲う『鶏と卵』のトラップ」で挙げた、新しいウェアラブルデバイスの開発プロジェクトにおける「鶏と卵」の膠着状態を思い出してください。
このプロジェクトの初期段階では、単なる技術的な設計要件ではなく、ビジネス戦略と顧客提供価値の根幹に関わる「価値のトレードオフ」が激しくぶつかり合っていました。「長時間のバッテリー駆動(性能)」を優先するのか、それとも「日常的に身に着けられる軽さと薄さ(ユーザー体験)」を優先するのか――。この戦略の分かれ道は、会議室でスペック表やExcelをにらんでいても、決着がつくものではありません。
そこで私たちは、あえて両極端の仮説を基に、形に起こした複数のプロトタイプを作成しました。一つは「大型バッテリーを内蔵した厚みのあるモデル」、もう一つは「極限まで薄く軽量だが、バッテリー容量を削ったモデル」です。もちろん、これらは中身の詰まっていない簡易的なモックアップ(早くて粗いプロトタイプ)です。
これらを実際の現場で、経営層や企画担当者とともに「身体に装着した際のノイズ感」として疑似体験してもらいました。
検証可能な「具体像」を身体に置いた瞬間、議論は一気に進みました。
確かにこの厚みだと、いくら性能が良くても日常使いには耐えられない。
逆にここまで薄くできるなら、連続稼働時間の要件を緩めてでも『軽さ』を売りにする戦略に振り切ろう。
このように、停滞していたビジネス要件の方向性がその場で決定したのです。
今回のまとめ
プロジェクトを着実に進めるということは、あらかじめ決められた手順に沿って一直線に進む「線形」なプロセスを指すのではありません。
論理を一段ずつ愚直に積み上げるアプローチ(STAIRS UP)をベースとしつつ、膠着状態に陥った際は、意図的に「具体像(JUMP)」を投下します。これにより、あえて議論を発散させ、隠れていた制約や価値のトレードオフをあぶり出すのです。そして、そこから得られた事実や気付きを基に、再び要件を統合し、論理を再構築していきます。
この「発散と統合」をダイナミックに行き来する非線形な反復こそが、現実のプロダクト開発における着実な前進なのです。
そうして認知負荷を下げながら、チーム全員の視点をそろえていくことで、迷走していたプロジェクトは確実に前へと進み始めます。
次回は、今回触れた論理的な積み上げの具体的なフレームワークと、相反する要件をいかにして統合していくかについて詳しく解説します。 (次回へ続く)
著者プロフィール:
株式会社83Design(ハチサンデザイン)
代表:矢野 宏治
2008年設立。工業デザインを核に、戦略、企画、エンジニアリングの境界をなくし、モノづくりを全方位で支援するデザインエンジニアリングスタジオ。目に見える造形だけでなく、その背後にある戦略や顧客体験を「具体化」し、関わる全員を巻き込む「楽しいモノづくり」を追求している。情報が曖昧な状態でも頭と手を動かす「仮説検証」の反復を推進力に、家電や音響機器などのコンシューマー製品から、万博向けの特殊デバイス、R&D領域の先行開発に至るまで、数多くのプロジェクトに参画。
受賞歴:Red Dot Design Award Best of the Best、iF design GOLD AWARD、JIDA Design Museum Gold Selection、グッドデザイン賞、他多数。
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