DXで必須の「標準」とは誰のもの? Fit to Standardの意識のズレが招く停滞:DX Compass:標準化のわなと現場の知恵(1)(2/2 ページ)
実際の現場でのエピソードに基づき「DX推進の指針(DX Compass)」となるような視点を解説する本連載。第1回となる今回は、ERP導入の鍵といわれる「Fit to Standard」の理想と現実について考察する。
「強い制約」が意識統一を促すケース
F2Sの考えの下、「標準」についての定義や適用範囲を議論した上で、パッケージシステムの標準機能に業務を合わせるということが決まったとしても、業務のやり方を大きく変えるこの変革の動きに対しては、組織の文化的な抵抗が必ず生まれます。
しかし、意外なほどスムーズにこうした変革がうまくいくケースもあります。「差し迫った危機的状況」が生まれている場合です。こうした危機があれば、意識統一は円滑に進みます。極端な例としては、会社が存続できるかどうかという危機的状況の中では、みなが観念して反対する人は少なくなります。
そこまで危機的でなくとも、例えば、分社化に伴う契約の制約で、通常2年かかる基幹システムの刷新を1年で完遂しなければならないといったケースなども、過去に非常にスムーズに進んだことがあります。実際にこの制約下でF2Sを完遂した事例「Fit to Standard方針で、わずか1年で基幹システムを刷新」(クリックで事例サイトへ)などもあります。
この事例では、標準の意識統一ができても長年業務やシステムを支えてきた業務部門、IT部門に不安や戸惑いがあったとしています。「これまで業務要件を定義した上でシステム要件を定義する方法しかやってこなかったので、パッケージ標準に業務を合わせるFit to Standardの考え方は、カルチャーが違い過ぎてイメージが湧かず、これでうまくいくのだろうかと不安を感じていました」と担当者はコメントしています。
一方で、導入完了後はスケジュール通りに稼働し、稼働後のハイパーケア期間も半月短縮して安定稼働という成果を得ることができたとしています。また、費用についても「1次開発を最低限必要なものに抑えられた上に、2次開発についても業務、システム、データがかみ合って稼働したことで、当初見込んでいたほど上がりませんでした。結果的に投資対効果の高いシステムを導入できたといえます」と記事で振り返っています。
20年の試行錯誤で3回のシステム刷新を経て到達したケース
強い制約がない状況で全体最適の視点を持つには、組織としての長い習熟期間を要する場合もあります。ある製造業では、20年余りの間に3度のシステム刷新を経験して「カスタマイズを最小限に抑えたF2S」によるシステム導入を行いました。最初の2回は、従来の業務ルールを優先して大規模なカスタマイズを重ねて導入してきましたが、3回目にしてようやく「パッケージ標準に業務を合わせる」という方向に大きな舵を切ったのです。
この転換により、長年の課題であった保守メンテナンスの負荷が大きく軽減され、浮いたリソースを事業戦略に直結する「攻めのDX」へ投入できるようになりました。
このプロジェクトを推進された方の話では、社内の意識統一がなされた後も、運用開始直前まで「本当に標準機能だけで業務が回るのか」という強い不安を拭いきれなかったといいます。しかし、実際に運用が始まってみると、「案外、パッケージの標準に合わせても業務は滞りなく回るものだ」という確信に変わったそうです。「まずは動かしてみる」ことで得られたこの実感が、組織にとって何よりの成功体験となり、次なる変革への自信へとつながっています。
2度とやりたがらない基幹システム導入だからこそ2回導入してみる
そもそも強い制約がない場合は「総論賛成各論反対」ということになりがちです。基幹システムのような複数の部門にまたがる統一システムの導入には、全体最適の視点が欠かせません。しかし、いままで社内の業務の全体像を把握して全体最適の大鉈を振るう実体験のない人にとって、急に考えろといわれてすぐにできるようなものではありません。プロジェクトが始まってからでは間に合いません。特に、プロジェクトメンバーの大半は、自部門の業務以外はほとんど知りません。
また、前述の通り結果としてうまくいったケースであっても、その推進をしていた人ですらパッケージ標準に合わせるという考え方には大きな不安を感じていた事実があります。組織として導入前に理解して納得をするのはハードルが高く、合意に至るまでに組織としての学習(あるいは腹落ち)が必要なことも分かります。
ERPやSCMシステムの導入は高負荷であり、多くの人が「2度とやりたくない」と言います。また、本運用後に「もっとこうしておけばよかった」という反省の声も多く聞かれます。導入の過程で得られる学びは、組織にとって最大の成長機会でもあります。
こうした経験を踏まえ「1回目で学習し、2回目を本番とする」という段階的なアプローチができるとよいのではないかと常々感じていました。以下のように2段階で導入プロセスを考えてみてはいかがでしょうか。
- まずは範囲を限定して一度導入し、標準化の意味を関係者が肌で感じる
- その反省と学習効果を、全体展開(本番)に生かす
実際に、複数の導入拠点があるケースでは、一部の拠点から小さく始め、組織としての理解を深めていく方が、結果として全体の統合もうまくいくことが多いのです。1回目の学習は、ERPやSCMではなく、別の業務領域のパッケージでも、実際の導入ではなく疑似体験であっても、最初から全体統合を一気に進めるよりもずっと社内の意識統一がしやすくなります。少しでも同じ気持ちで、同じ方向を向ける仲間づくりが大切です。
F2Sによる導入を成功させるには、機能の議論に入る前に、まず「標準に対する意識の統一」をどうデザインするか。そこから工夫を始めましょう。
次回は、生産管理システムの要でありながら「使えない」という声もよく耳にするMRP(資材所要量計画)を取り上げます。
筆者プロフィール
伊与田克宏(いよだ かつひろ)
ビジネスエンジニアリング
プロダクト事業本部 カスタマーDX推進部 部長
生産/販売/原価管理システム「mcframe」のユーザー会(mcframe Users Group: MCUG)の運営を事務局担当として20年間にわたり支えるとともに、現在は200社を超える製造業会員各社の課題解決とDX推進に尽力している。また、モノづくりとITのコンソーシアムやコミュニティーなどにも複数参画し、特にPLMやSCMに関する分科会では、積み重ねた知見を提供するとともに見識を広げ、設計製造連携や原価管理のセミナー講師も担当している。
ビジネスエンジニアリングでは、製造業の顧客向けに業務改革構想ならびにシステム化企画、ERPシステム導入のプロジェクトを数多く手掛け、その後「mcframe」の商品企画・開発ならびに導入にも従事している。
著書に「儲かるモノづくりのためのPLMと原価企画」(東洋経済新報社)。イベント講演「mcframeとユーザー会(MCUG)を通じてわかった『SCMシステム導入の真の価値と効果的な活用』」のモデレーターも務めた。
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