Xilinxの訴訟や3度のIPO延期を耐えたActelは晴れてFPGAベンダーの3位グループに:プログラマブルロジック本紀(8)(3/3 ページ)
FPGAに代表されるプログラマブルロジックICの歴史をたどる本連載。第8回は、第7回に引き続きActelを取り上げる。Antifuseの課題やXilinxの訴訟、3度のIPO延期を耐えたActelはFPGAベンダーの3位グループに加わることになる。
AntifuseからFlash FPGAに移行
ただそうは言ってもActelの最大の弱点はAntifuse、つまり書き込んだら書き直せないことであって、これが最大のボトルネックになっていた。そういうこともあって、CEOのEast氏はAntifuseに代わる新たな記憶デバイスを探すことになり、最終的にフラッシュメモリに行きつく。
と言っても、自社でフラッシュメモリをそのまま取り込んだのではなく、まずはGatefieldを支援するという形でアプローチした。Gatefieldは、もともとはZycadという名称で1981年に創業しており、EDA(電子回路設計自動化)ツールをメインにしていたが、それと一緒にProASICと呼ばれるフラッシュメモリベースのFPGAの開発も行っていた。最終的に事業はVerification Division(こちらがEDAツール)とGatefield Division(こちらがFPGA)に分割され、Verification Divisionが売却された(こちらはZycad TSSという名称になった)。残ったGatefield DivisionのみのZycadは、社名をGatefieldに変更している。
ActelはこのGatefieldを1998年から支援していたものの、最終的に2000年5月に同社を現金2500万米ドルで買収している。GatefieldのProASICは0.25μmのフラッシュプロセスで製造できるはず(製品発表そのものは1995年に行われている)で、Actelはこの独占販売権を1998年8月に取得していたものの、製造プロセスの立ち上げに予想以上の時間がかかったこともあってしびれを切らしたらしい。
ActelもこのFlash FPGAの立ち上げにはちょっと時間を要したが、一応1999年6月14日には正式にProASIC製品を発表している(Webアーカイブを参照)。製造プロセスはInfineonの0.25μmプロセスであり、念願の再プログラミング可能なFPGAをやっとラインアップできた格好になる。同じ1999年には、やはり0.25μmプロセスを使ったSX-AシリーズのAntifuse製品(こちらの製造は松下電子工業)も発表されており、最大108Kゲートに達したが、この後Actelの主力製品は徐々にAntifuseからFlash FPGAに移行していく。
2002年にはInfineonの0.22μmプロセスを使ったProASIC Plus製品を、2005年には新製品のProASIC 3を発表した他、同じ2005年にはミックスドシグナル向けにActel Fusion(図4)を発表している。
図4 Actel Fusionの概念図。いわばMCUの周辺回路を統合したFPGAという感じで、MCUコアや特定のアクセラレータ機能など全部で25種類のActel DirectCoreなるIPの提供が行われた[クリックで拡大] 出所:Actel
2006年にはProASIC 3をベースとした小容量のIgloo FPGAも発表している。この辺りでActelは完全にAntifuseからFlash FPGAのベンダーに生まれ変わった格好だ(と言っても特定用途向けにAntifuse製品は引き続き販売されていたが)。ここから同社は、業界第3位の座をLattice Semiconductorと競いながら、Microsemiに買収される2010年を迎えることになる。
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