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飛躍するXilinx、AMDとの因縁も既に始まっていた!?プログラマブルロジック本紀(6)(1/3 ページ)

FPGAに代表されるプログラマブルロジックICの歴史をたどる本連載。第6回は、第5回に続きXilinxの話になる。創業時の業績はイマイチだった同社だが、1989年度に黒字化を果たし飛躍していく。また、最終的にXilinxを買収したAMDとの因縁が既に始まっていた。

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 前回はAlteraと並ぶプログラマブルデバイスの老舗であるXilinxの創業前後の時期について紹介した。今回も引き続きXilinxの話になる。

⇒連載「プログラマブルロジック本紀」バックナンバー

XC3000シリーズ発売、MMIがセカンドソースになるかと思いきや……

 Xilinxは1985年にXC2064、翌1986年には大容量のXC2018を出荷する。XC2018の方が大容量、というのはXC2064では単にCLB(Configurable Logic Block)の数を製品名にしたのだが、XC2018ではCLBが100個になってしまい、このまま先のルールに従うとXC20100になってしまう。いきなり5桁はまずかろうということで、該当するロジックゲート数である1800相当の上位2桁を取ってXC2018としたようだ。だったらXC2064の方もXC2012にすればいいのにと思わなくもないが、XC2064はそこまで数量が出たわけでもないので、特に変える必要がないと考えたのかもしれない(図1)。

図1
図1 The Programmable Gate Array Data Book(1989年版)より。両者の違いはCLBの数とI/Oピンの数だけで、基本構造は一緒[クリックで拡大]

 余談ではあるが、開発者であるBill Cartar氏によれば「最初の製品(XC2064)と2つ目の製品(XC2018)の間に、マーケティング担当者を雇ったんだ(笑)」とのことで、この辺が命名変更の最大の理由らしい。

 これに続き、1987年には次世代製品であるXC3000シリーズが提供開始される。こちらはCLBが64〜320個までのラインアップとなった(図2)。

図2
図2 XC3000の第1世代。最大320CLB、9000ゲート相当まで大規模化された[クリックで拡大]

 このXC3000シリーズではCLBの構造もより複雑になり(図3、4)、動作周波数こそ同じながらレイテンシは微妙に減ってやや高速化が可能になった(図5、6)。

図3図4 (左)図3 前回も紹介したXC2000シリーズのCLB。Combinational LogicとMUX×5、FF×1から構成される(右)図4 XC3000シリーズのCLB。Combinational Logicの入力が増え、FF×2になり、MUXも大幅に増えた[クリックで拡大]
図5図6 (左)図5 XC2000シリーズのCLB Switching Guidelines。TILOの数値を次の図6と比較すると差が分かりやすい。余談だがこの−100のSpeed Grade(最大100MHz動作)は当初提供されなかった(というか最初は33MHz動作の−33しか出荷されなかった)と記憶している(右)図6 XC3000シリーズ。Speed Gradeから−33が削除され、−50以上となった。TILOの値(MAX)が1nsほど削減されているのが分かる[クリックで拡大]

 これは製造プロセスの改良も含まれている。XC2064の時はXilinxだけでなく製造を担当するセイコーエプソンの方もいろいろ手探り状態だった。それでも両社は共同でプロセスを改良して行き、当初は307mil(7.6mm)角だったXC2064のダイは、最終的に100mil(2.54mm)角未満まで小さくすることが可能になったそうだ。XC3000はこの改良されたプロセスで製造されたため、より大規模な製品を作れるようになった。

 さて、このXC3000シリーズの前後にはいろいろな出来事があった。先述したようにXC3000シリーズも引き続き製造はセイコーエプソンが担うことになったわけだが、顧客からはセカンドソースの供給を要望されるようになった。これは当時ではごく普通のことである。結局、XilinxのCEOであるBernard Vonderschmitt氏がさまざまな会社を回って交渉を行った結果、MMIがこれに応じてくれることになった。

 MMIは連載第2回で説明しているが、PAL(Programmable Logic Array)を発明したJohn Birkner氏が在籍して、そのPALで大きくなった会社である。

 当時MMIはPALに続く製品の開発に難航しており、ついでに言えばCMOSプロセスの立ち上げにもだいぶ苦労していたはずだ。よくそれでXC3000のセカンドソース供給が可能だったなと思わざるを得ないのだが、Cartar氏によれば1987年にはセカンドソース供給を開始する準備が整ってはいたらしい。ところがここで想像もしない出来事が起きた。それはAMDによるMMIの買収である。

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