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「ロボットが主役になる必要はない」ヒト型ロボット国内パイオニアの哲学と挑戦ファクトリーイノベーションWeek2026(1/2 ページ)

「ファクトリーイノベーションWeeK2026」の最終日に、カワダロボティクス 会長の川田忠裕氏が特別講演に登壇。同社が進める人と一緒に働くヒト型ロボット(ヒューマノイド)の開発と今後の展望について語った。

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 「ファクトリーイノベーションWeeK2026」(2026年1月21日〜23日、東京ビッグサイト)の最終日において、カワダロボティクス 会長の川田忠裕氏が特別講演に登壇。「工場で共に働く『協働ロボット』の今と未来」をテーマに、同社が進める人と一緒に働くヒト型ロボット(ヒューマノイド)の開発と今後の展望について語った。

原点は「ヘリコプター開発」、運命を変えた東京大学からの電話

カワダロボティクス 会長の川田忠裕氏
カワダロボティクス 会長の川田忠裕氏

 近年、ヒューマノイドが走り、跳び、格闘する映像がSNS(ソーシャルネットワークサービス)などを介して世界を席巻している。AI(人工知能)の進化と共にヒューマノイドの性能は劇的に進化しており、「ヒューマノイド元年」といわれる時代が到来した。

 しかし、日本の工場では派手な動きとは無縁のロボットが、今日も静かに人の隣で働いている。カワダロボティクスが2009年に開発した双腕のヒト型ロボット「NEXTAGE(ネクステージ)」だ。これまでに累計1000体以上が導入され、汎用性の高さから初期の機体を含めた多くの機体が今も現役で稼働している。講演では川田氏がその原点と未来像を明かした。

 日本におけるヒト型ロボット開発のパイオニアとして知られるカワダロボティクス。同社の母体である川田工業は、橋梁や高層ビル、スタジアム建設など日本のインフラを支えてきた老舗企業だ。一見、ロボットとは縁遠いが、実はある事業の失敗がロボット開発の出発点になったという。

「1999年からヒト型ロボット開発に携わっているが、原点は川田工業が1980年代から進めていたヘリコプター開発だ。バブル期のレジャーブームを受けて、ゴルフバックを積んで遊びに行ける4人乗りパーソナルヘリコプターの開発を本気で進めていたが、業績悪化を受けて1996年に開発をストップした」(川田氏)

講演会場には多くの来場者が
講演会場には多くの来場者が[クリックで拡大]

 だが、国産ヘリを作るという大胆な挑戦は、同社に大きな技術の蓄積をもたらした。

「ヘリコプターは小さな機体の中にたくさんのエレクトロニクスが詰まっている。小型軽量化、振動対策、電磁波干渉の遮断、姿勢制御、自動操縦などの技術が、全てロボット開発につながっている。しかし、当時はこれらの技術を使って、次に何ができるか分からなかった。そのため、お客さまが困っていることがあれば、何でも手伝った」(川田氏)

 富士重工(現・SUBARU)の風力発電、防衛庁(現・防衛省)の小型無人機、マイクロソフトのフライトシミュレーターなど、さまざまな顧客に技術協力している中で、1999年に東京大学からある依頼が舞い込んだ。

「東大から“人の形をしたロボットを作ってほしい”という電話がかかってきた。ロボットを作ったことはなかったが、“川田ならやるかもしれない”と声をかけてくれたようだった」(川田氏)

「ファクトリーイノベーションWeeK2026」に出展したヒト型ロボット「NEXTAGE」
「ファクトリーイノベーションWeeK2026」に出展したヒト型ロボット「NEXTAGE」[クリックで拡大]

 理由は切実だった。当時は研究用のロボットプラットフォームが存在せず、学生はロボットを一から作ってからプログラミングの研究を始めなければならなかった。そのため研究が進まず、学生が学位を取れない状況に陥っていた。

 すぐに本郷の研究室を訪問して製作に取り掛かり、わずか数カ月で二足歩行ロボットが完成した。「さすがは、東大の学生たちだ。こちらが動くロボットを用意したら、早速、ロボットを座らせたり、立ち上がらせたり、ボールを蹴らせたりする実験を始めていた。正直、私が一番驚いた」(川田氏)。

 こうして誕生したのが、同社初のヒト型ロボット「H6」だった。

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