逆設計に対応するIBMの「材料開発DXサービス」、JSRも採用:マテリアルズインフォマティクス(2/2 ページ)
日本の製造業GDPの3割を支える「材料産業」が今、岐路に立たされている。世界的なPFAS規制の厳格化、中韓勢の台頭、そして熟練技術者の減少――。この複合的な課題の解決策として、日本IBMは「材料開発のDXサービス」の提供を開始した。
チャット形式でデータ検索やモデル作成が可能
IBM Material DXでは、「データ/マネジメント」「AI/基盤モデル」「インタフェース」「インフラ環境」の4つの柱を組み合わせ、顧客の強みを生かすプラットフォームを設計/構築することも可能だ。
「データ/マネジメント」では、文献や実験ノートなどからデータを自動抽出する。社内外の材料/製品の情報を一元管理して、仮説生成も行う。日本IBM 東京基礎研究所 プリンシパル・リサーチサイエンティストの武田征士氏は「社内外のデータを統合/蓄積する。IBMが収集している膨大な公開文献データや特許データなども統合し、社内の知識と合わせて活用できる」と話す。
「AI/基盤モデル」では、物性の予測と候補材のスクリーニングや生成に応じる。配合/処方の設計と実験プロセスの最適化にも対応する。「使用しているAI基盤は、IBMが開発したもので、物性予測やスクリーニングだけでなく、物性から構造を導く逆設計にも対応する」(武田氏)。
「インタフェース」は、材料化学専用の対話型で、LLMエージェントによる自律的なR&Dプロセスも行える。「生成AIを活用し、チャット形式でデータ検索やモデル作成が可能だ。『この条件を満たす材料を提案して』といった対話を通じて、あたかも人間の専門家と相談しているかのように開発を進められる」(武田氏)と述べた。
「インフラ環境」では、Amazon Web Services(AWS)あるいはIBM Cloudのクラウド環境とオンプレミス環境に対応し、高い信頼性と安定性を備えたインフラを用意しているという。「基本はIBM Cloudだが、顧客の要望によりAWSやオンプレミス環境での構築も可能な『ハイブリッドクラウド』対応となっている。ユーザーのセキュリティポリシーに合わせて選べる」と武田氏はコメントした。
IBM Material DXの特長は「新材料開発の高度/高速化」「次世代技術への体制構築」「ESGリスク判定」の3点となる。
「新材料開発の高度/高速化」では、既存の開発プロセスに世界最大級の材料科学基盤モデルやLLMエージェントなどを組み合わせることで、開発スピードと精度を高められる。これにより、代替材料の発見や新事業の立ち上げを支援する。「物理シミュレーションそのものを行う機能は、このソリューションにはない。その代わりにAIによる『サロゲートモデル(代理モデル)』を用いて物性予測を高速化できる。外部のシミュレーションツールと連携することも可能だ」(武田氏)。
「次世代技術への体制構築」では、量子コンピュータ、次世代AI、新たな数理アルゴリズムなど、最新の技術を素早く取り込むために、共同開発や人材育成など、R&Dやその体制構築を後押しする。武田氏は「直近でIBM Material DXを量子コンピュータに直接接続する予定はないが、量子アルゴリズム(量子機械学習など)をAIのプロセスの一部に取り込む可能性はある。例えば、予測や生成のコアアルゴリズムの一部に量子技術を活用することは将来的にあり得る」と明かした。
「ESGリスク判定」では、PFASなど、規制強化が進む物質について、自社製品での使用有無の判断やリスク分析をAIがサポートするESGリスク判定ツール「IBM Safer Materials Advisor」を提供する。武田氏は「IBM Safer Materials Advisorは、LLMやPFASに関する知識を追加学習させた基盤モデルを使用している。製品のデータシートや仕様書にある物質名などから関連情報をひも付け、各国の法規制定義と照らし合わせて『PFASが使われている可能性が高い』といった判定を提供する」と説明した。
IBM Material DXを先行利用している企業として、SCREENセミコンダクターソリューションズ、JSR、フランスに本社を構えるロレアルが挙げられた。
IBM Material DXの目標に関して、武田氏は「当社では、R&Dにかかる時間とコストをIBM Material DXで『10分の1』に短縮することを目指している。予測プロセス単体で見れば100倍以上の高速化も確認されている」と強調した。
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