そもそも鉄ってどんな金属?:鉄鋼材料の基礎知識(2)(3/3 ページ)
今なお工業材料の中心的な存在であり、幅広い用途で利用されている「鉄鋼材料」について一から解説する本連載。第2回は、鉄の基本的な性質について説明する。
鉄に異種原子が溶けているとき
ここで、鉄に異種原子が溶けているときの結晶構造について考えてみます。固体の金属(母材)に異種原子が溶け込み、均一に混ざり合っている状態を「固溶(こよう)」といいます。また、異種原子が固溶している固体のことを「固溶体(こようたい)」といいます。固溶体は、固溶の仕方によって「侵入型固溶体」と「置換型固溶体」の2種類があります。
侵入型固溶体は、結晶格子の隙間に異種原子が侵入する形の固溶体です。異種原子の大きさが母材の原子の大きさよりもはるかに小さい場合に侵入型固溶体をとります。鉄に対して侵入型固溶体をとる原子は、炭素、窒素、ホウ素などがあります。
置換型固溶体は、結晶格子を構成する原子の一部が異種原子と置き換わる形の固溶体です。異種原子の大きさが母材の原子の大きさと似ている場合に置換型固溶体をとります。鉄に対して置換型固溶体をとる原子は、ケイ素、マンガン、ニッケルなどがあります。
なお、金属中に異種原子が固溶できる量は限度があります。固溶しきれない原子は母材の結晶構造からあふれ、新たな結晶構造を形成して金属間化合物として現れます。このような現象のことを「析出(せきしゅつ)」といいます。鉄鋼材料の多くは、炭素やケイ素などの異種原子を取り込んでいます。材料の種類によって固溶や析出の仕方が異なるため、当然、結晶構造も異なります。結晶構造の変化が強度、熱特性、酸化特性といった鉄の性質を変化させるため、鉄鋼材料には多様な特性をもつ材料が豊富にあります。
鉄の「展性」と「延性」
最後に紹介したい鉄の性質は、「展性(てんせい)」と「延性(えんせい)」についてです。展性とは、固体の材料をたたいたり押したりしたときに薄く広がる性質のことです。そして延性とは、固体の材料を引っぱったときに細く伸びる性質のことです。いわば材料が変形しようとする性質であり、鉄はこれらの性質に優れています。この性質があるおかげで、鉄は加工によって形を変えられます。例えば、自動車のドアパネルは、薄い鉄の板をプレスで薄く延(の)ばしたり、曲げたりすることによって作られています。プラスチックやセラミックスなどの非金属材料で同じことをしようとすると割れてしまい、うまく成形できません。
では、鉄にはなぜ展性や延性があり、変形が可能なのでしょうか。その答えは、結晶構造中における原子の結合の仕方にあります。鉄の原子同士は、「金属結合」と呼ばれる方法によって結合しています。原子の周りで「自由電子」が動き回っており、その自由電子を全ての原子で共有し合うことで原子同士が強く結合しています。鉄に外力が加わって原子の位置がずれても、自由電子によって原子同士が結合を保つため、壊れることなく変形することができます。
ここで注意したいのが、実際の鉄は原子がきれいに配列していないということです。図9に示すように、原子の不整な配列部が多く存在します。この不整な配列部のことを「転位」といいます。もし転位がなく、原子がきれいに配列した結晶構造である場合、変形させようとしても原子同士の摩擦が大きいため、変形に大きな力を要します。結晶構造中に転位が存在すると、転位に沿って原子がずれ動くため、小さな力でも変形することができます。その力は、転位が無いときの1000分の1程度の力で済むといわれています。このような理由からも、鉄は加工によって変形させることが容易な金属となっています。
以上、鉄の基本的な性質について説明しました。鉄がどのような性質をもつ金属であるかが分かりましたか? 次回は鉄鋼材料の種類と成分について説明します。(次回に続く)
筆者紹介
ひろ/ものづくりの解説書
鉄鋼品メーカーに勤務するものづくりエンジニア。入社以来、大型鉄鋼品の技術開発、品質保証、生産管理等の業務に携わってきた。自身が運営するWebサイト「ものづくりの解説書」では、ものづくり業界の魅力を発信する記事や技術解説記事などを公開している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
鉄鋼材料が使われる理由
今なお工業材料の中心的な存在であり、幅広い用途で利用されている「鉄鋼材料」について一から解説する本連載。第1回は、鉄鋼材料が使われる理由について説明する。鉄鋼、非鉄金属、金属業界の特許けん制力ランキング2024 1位は住友電工
パテント・リザルトの「鉄鋼・非鉄金属・金属製品業界 他社牽制力ランキング2024」で住友電工が1位となった。2位に日本製鉄、3位にプロテリアルと古河電工が続いた。日本製鉄が中山製鋼所と電気炉保有会社設立 スラブを製造
日本製鉄と中山製鋼所は、両社の共同出資による新会社の設立、新会社が新設する電気炉を用いて中山製鋼所が鉄鋼製品を製造し日本製鉄が購入することなどを内容とする業務提携に関する基本合意書を締結した。新開発の原子分解能磁場フリー電子顕微鏡で、鉄鋼粒界の原子配列を解明
東京大学は、新開発の原子分解能磁場フリー電子顕微鏡を用いて、鉄鋼粒界の原子配列の観察に成功した。鉄鋼粒界の原子配列の解明により、高性能な鉄鋼材料の開発への応用が期待される。日本製鉄、製造プロセスのCO2排出量を削減した鉄鋼製品を販売
日本製鉄は、自社で削減したCO2排出量を割り当てることで、鉄鋼製造プロセスにおけるCO2排出量を削減したと認定される鉄鋼製品「NSCarbolex Neutral」を、2023年度上期から販売する。LFP電池の正極材で使えるランクセスの酸化鉄とリン酸鉄の強みとは?
ランクセスは、東京都内で「リン酸鉄リチウムイオン(LFP)バッテリーソリューションに関するメディアラウンドテーブル」を開催し、電池向けの酸化鉄「バイオキサイド」や開発中のリン酸鉄について紹介した。