ビッグテック企業は米国のデジタルヘルスエコシステムを変えるか:海外医療技術トレンド(122)(3/3 ページ)
本連載第120回で第2次トランプ政権下の公的医療保険改革を取り上げたが、それ以降もデジタルヘルス活用の取り組みがさらに加速している。
改正版医療データ相互運用性最終規則のさらなる改正を発表
本連載第111回で、「医療データ、技術、相互運用性: 認証プログラムの更新、アルゴリズムの透明性、情報共有(HTI-1)」最終規則(2024年2月8日施行、関連情報)を取り上げたが、その後ASTP/ONCは、「医療データ、技術、相互運用性:患者エンゲージメント、情報共有、公衆衛生の相互運用性(HTI-2)」最終規則(2024年12月16日施行、関連情報)および「医療データ、技術、相互運用性:ケアアクセスの保護(HTI-3)」最終規則(2024年12月17日施行、関連情報)を経て、トランプ政権下に移行した後の2025年7月31日に「医療データ、技術、相互運用性:電子処方、リアルタイム処方ベネフィット、電子事前承認(HTI-4)」最終規則(2025年10月1日施行予定、関連情報)を発表している。
HTI-4最終規則は、認証済み電子健康記録(EHR)を活用して、電子事前承認の提出や患者の保険適用範囲に合った薬剤の選択、処方情報の薬局や保険者との電子的交換を可能にすることを目的としている。具体的には、以下のような点が特徴となっている。
- リアルタイムの処方ベネフィット確認を支援する新たな認証基準の採用:
- 2021年統合歳出法(CAA)により、メディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)およびASTP/ONCには、処方ベネフィット情報のリアルタイム電子識別に関する新たな要件が追加された。これにより、患者と処方者は、認証に追加されたツールを使用して薬剤価格を比較し、より低価格の代替薬を特定できるようになった
- HTI-4では、CAAの規定を実施するために、診療時点で処方者が処方ベネフィット情報にアクセスできる新たな認証基準が追加されている。この政策は、処方箋医薬品の費用を補助する「メディケア・パートD」プログラムの要件を補完するものであり、処方箋医薬品プログラム向け国家評議会(NCPDP)が策定したリアルタイム処方ベネフィット交換の共通標準規格に基づいている
- 標準化された電子的事前承認を支援するためのHL7-FHIR認証基準の採用:
- HL7 Da Vinci Projectの標準規格を活用し、医療提供者と医療保険者間の事前承認の相互運用性を強化することによって、認証済み医療ITを使用する医療提供者は、(1)保険者から適用要件に関する情報の取得、(2)事前承認申請に必要な情報の整理/収集、(3)認証済み医療ITシステムからの直接申請提出、(4)申請の進捗状況のモニタリングが可能になる
- これらの認証基準に準拠した医療ITモジュールは、2024年CMS相互運用性および事前承認最終規則(関連情報)で定められた事前承認API要件と相互連携できるようになる
- これらの認証基準は、メディケアの「相互運用性の促進(Promoting Interoperability)」プログラムおよびマルチベースインセンティブ支払システム(MIPS)の同カテゴリーにおける新しい電子事前承認指標の報告もサポートする
- 過去5年間で初めての電子処方に関する認証標準の更新:
- 電子処方の認証基準には、改良されたNCPDP SCRIPT標準規格が組み込まれる。ASTP/ONCは2024年、CMSと協力してこの標準を採用し、処方者システムとメディケアのパートD提供者間の全国的な相互運用性をサポートしている
- 処方者システムが処方箋の電子的な事前承認機能をサポートすることを必須化する。この機能はこれまで、プログラム内では任意扱いだったが、今後は必須要件となる
ビッグテック企業も参画するデジタルヘルスエコシステムの構築
他方CMSは、2025年7月30日、同センター主催のイベントにおいて、全ての医療情報ネットワーク上で利用可能で、信頼性が高く、患者中心の実用的なデータ交換を行うための自主的基準と、それを実現するデジタルヘルスエコシステムの枠組みを発表した(関連情報)。
CMSのデジタルヘルスエコシステムは、「協力」に基づいて構築された大胆な新ビジョンであり、データネットワークや電子健康記録(EHR)システム、健康アプリケーションの開発者、医療提供者、イノベーターに対し、人々の力を引き出し、医療の質を高め、進歩を加速するために、自発的に共有の枠組みに沿って連携することを呼び掛けるものである。なお、今回発表された内容は、1996年医療保険の携行性と責任に関する法律(HIPAA)に定められたプライバシー、セキュリティ、侵害通知規則や1974年プライバシー法など、連邦政府および州レベルの法規制を順守することを前提としている。
CMSは、現在の米国の医療制度が、複雑性、高コスト、分断性といった問題に悩まされる中で、最新技術を活用した優れたアイデアが評価されにくい状況にある点を指摘している。その上で、革新的な医療技術へのアクセス拡大により、メディケア受給者の権利を強化し、国家のデジタルヘルスエコシステムを近代化するために大胆な取り組みを進めるとしている。
CMSによると、このイベントに参加した60社以上の企業が、2026年第1四半期までに米国民のためのアウトカムを共同で提供することを目指して協力する。また、30社が今後数カ月間にわたり、安全なデジタルID認証情報を使用して、CMSのデータ共有基準を満たすCMS認定ネットワークから医療記録を取得しながら、デジタルヘルス技術によるリアルな健康アウトカムを推進するとしている。具体的な支援サービスとして、以下の3つを掲げている。
- 糖尿病および肥満の管理
- 対話型AIアシスタントを活用し、症状の確認、ケアオプションのナビゲート、予約のスケジューリングなど患者の支援を行う
- 紙ベースの問診票に代わり、シームレスなデジタルチェックイン方式による紙ベースの問診票廃止を実現するツール……など
CMSは、表1に示すような業界の先進的導入企業と連携し、患者の権限強化、事務作業の負担軽減、安全でパーソナライズされた相互運用可能な医療技術を通じて健康アウトカムの向上に取り組むとしている。

表1 メディケア・メディケイドサービスセンターのヘルステクノロジーエコシステムの先進的導入企業一覧[クリックで拡大] 出所:U.S. Centers for Medicare & Medicaid Services「Health Technology Ecosystem > Early Adopters」(2025年7月30日)を基にヘルスケアクラウド研究会作成
CMSデジタルヘルスエコシステムの発表に先立つ2025年7月23日、ホワイトハウスは同年1月23日にトランプ氏が署名した「アメリカのAIリーダーシップへの障壁除去に関する大統領令」(関連情報)に基づく「AI競争に勝利する:米国AI行動計画」を発表している(関連情報)。この行動計画では、「AIイノベーションの加速」を第1の柱にしているが、CMSデジタルヘルスエコシステムの先進的導入企業をみると、「患者向けアプリ―会話型AIアシスタント」の中にGoogle、Microsoft、OpenAIといった大規模言語モデル(LLM)開発企業が名を連ねている。他のカテゴリーには、Amazon.comやAppleの名前もありビッグテック企業の存在感が増してきた。
このように、新興テクノロジー企業群が加わったデジタルヘルスエコシステムが、CMSの抱える公的医療保険制度の課題にどのように取り組んでいくのか注目される。
筆者プロフィール
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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