撹拌動力計算とスケールアップ指標:はじめての化学工学(9)(3/3 ページ)
前回は、撹拌の概念や装置について解説しました。今回は、撹拌槽の設計や運転条件を決める上で欠かせない撹拌動力計算と無次元指標、スケールアップの考え方について解説します。
撹拌槽のスケールアップ
ラボでの試作結果をスケールアップする場合を考えます。幾何(きか)学的に大きくしても同じ性能は保たれません。これは撹拌翼の直径が大きくなると、同じ回転数でも周速が異なるためです。また加熱効率も変わります。長さが大きくなると伝熱面積は2乗で増加し、容量は3乗で増加します。スケールアップ率が上がるほど、伝熱面積と容量の差が大きくなります。これらの理由から、あるパラメータを設定して、そのパラメータを合わせる形でスケールアップする方法がとられます。代表的な方法を紹介します。
1つ目が単位容積当たりの撹拌動力P/Vを一定にする方法です。この比をスケールアップ後も一定に保つことで、液体へのエネルギー投入密度(剪断、混合効率)を維持できます。特に粘性液や懸濁系など、局所的なエネルギー不足が品質に影響する系に有効です。ただしスケールに合わせて動力を増加させますので、モーターサイズが大きくなり、エネルギー消費量は大きくなる傾向にあります。
2つ目が翼先端速度uを一定にする方法です。翼先端速度u=πndで求められます。これは過剰な剪断を防げます。表面での剪断力、キャビテーション、泡の生成挙動を制御したいときに有効です。ただし中心付近の流れが悪くなったりすると、混合性能が不十分になる可能性があります。
伝熱面積に関しては、スケールアップする以上、容量との乖離は避けられません。槽の外側から加熱するジャケット式ではなく、内部に加熱コイルを入れる方式や外部の熱交換器を通しながら加熱する方式を採用することで問題を緩和できます。化学反応の多くは発熱します。そのため、撹拌設計において除熱対策は重要です。溶媒を蒸発させて上部で凝縮させる還流方式をとる場合もあります。溶媒の潜熱が除熱の役割を果たします。
まとめ
撹拌設計で重要なのは目的に応じたスケールアップ指標を選び取ることです。永田の式や亀井−平岡の式で動力を推算し、実験値で補正しながらP/Vと翼先端速度を一定にする相似則を使い分けます。そうすることでラボからプラントへの移行における問題を低減することができます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
撹拌の役割と基本構成
撹拌は化学プロセスを安定/高効率に運転する上で不可欠な単位操作です。今回は撹拌の役割や装置構成について、そして撹拌翼の種類について解説します。化学プロセスにおけるバッチ操作と連続操作の違い
化学プロセスは大きくバッチ操作と連続操作に分類されます。これらは製造する製品の特徴や品質要件にあった操作が選択されます。今回はバッチ操作と連続操作の一般的な違いと使い分け方を紹介します。物質収支とエネルギー収支の考え方
化学工学計算の中で物質収支とエネルギー収支は、化学プロセスの挙動を理解し最適化するために不可欠です。今回は、物質収支やエネルギー収支の基本的な考え方と計算事例を解説します。配管流れの基本的な計算方法
化学プラントでは、原料や製品、中間生成物などさまざまな流体を目的の場所に輸送する必要があります。それぞれの単位操作の間は配管をつないで移送されることから、配管はプラントの血管とも言えます。今回は配管設計の基本となる事項を解説します。そもそも化学工学って何?
化学工学は、多くの工業製品の生産を陰で支える重要な学問分野です。しかし、化学工学とは具体的に何をするのでしょうか? 第1回は、初めて化学工学を学ぶ方を対象に基本的な要素を分かりやすく解説します。実験室で成功した化学反応を工業規模で再現する難しさとは?
化学工学は、実験室規模で確立した化学的プロセスを産業規模で実現するための工学分野です。規模が大きくなると不都合が生じやすく、ビーカーやフラスコとは異なる工業的に最適化された構造をしています。今回はプラントの主要な構成要素である槽、塔、熱交換器を紹介します。コスモの製油所デジタルプラント化 三現主義を解消する技術とは?
コスモエネルギーグループに、製油所のデジタルプラント化の背景や特徴、導入による大きな利点、今後の展開について聞いた。合成樹脂製造プラントの運転自動化を実現するデジタルツイン技術を実用化
DICと日立製作所は、合成樹脂製造プラントの運転自動化を図るデジタルツイン技術として、プロセスインフォマティクスを活用したシステムを実用化し、DICの国内プラントで2025年1月に本格稼働する。NEC、大規模ボイラープラントでAIによる運転支援システムの実証実験に成功
NECは、化学プラントなどの運転を支援する「プラント運転支援AI」と、シミュレーター上に再現したミラープラントを組み合わせたプラント運転支援システムを構築し、井化学大阪工場の大規模ボイラープラントでの実証実験に成功した。