「デジタルツインの海」や「自動避航アルゴリズム」で海上輸送の安全を確保せよ:船も「CASE」(3/3 ページ)
海上技術安全研究所(海技研)が第25回研究発表会を開催。「海技研の研究開発と社会実装の進展」をテーマとした発表の中から、海技研が最重上課題の一つに位置付ける「海上輸送の安全の確保」に関わる3つの研究成果について紹介する。
自動避航アルゴリズムの安全性をどう評価するか
自律的に他船との衝突を回避する「自動避航アルゴリズム」の信頼性は、自律運航船の実現に向けて極めて重要な評価対象といえる。海技研 知識・データシステム系 シミュレータ研究グループ グループ長の南真紀子氏は、海技研が整備した「総合シミュレーションシステム」を用い、実運用を想定した安全性評価手法の検証結果を報告した。
自律運航技術の研究開発背景には、内航船員の高齢化や人員不足、そして過度な労働などによる人為ミスに起因する海難事故の多発傾向がある。こうした問題に対処するため、海技研では自動避航や自動着桟などの研究開発を進めるとともに、それらのアルゴリズムの信頼性と運用妥当性を客観的に評価する技術にも取り組んでいる。
海技研で評価に用いられるのは、「FTSS(Fast Time Simulation System)」と「SHS(Ship Handling Simulator)」という2種のシミュレーション環境だ。FTSSは実時間を超える高速計算により網羅的な条件検証が可能となっている。一方、SHSは実船の操船環境を模した13m径の全周スクリーン付き操船シミュレーターで、操船者の視点を反映した評価を可能とする。
今回の検証では、コンテナ船を想定した全84シナリオ、169ケースのテスト航法シナリオを構築し、見合い関係(船舶の相対的な進路や位置関係)や海上衝突予防法などに規定された適切な避航行動が取れているかが評価された。シナリオは基本パターンに加え、AIS(船舶自動識別装置)データに基づく実海域の航行パターンも含まれており、アルゴリズムの現実適応性も含めて検証している。

自動避航アルゴリズム評価シナリオでは自船を200TEUコンテナ船(749GT)とした上で、TCPA(最接近点距離に至るまでの時間)を30分と60分、船速を自船他船ともに12ノットと想定した84通りの見合い関係シナリオを用意した[クリックで拡大] 出所:海技研
判定はまずFTSS上で自動的に行われ、判定が困難なケースについてはSHSにより操船経験者2人が主観的な評価を実施した。その結果、「両者ともに適正」とされたケースが57.4%、「評価が割れた」ものが33.1%、「両者とも不適正」とされたものが9.5%という内訳となった。
不適正と判定されたケースの要因としては、「避航動作が遅い」「転舵量が少なすぎる」「合図や通信に対する配慮が不足している」といった課題が挙がっている。特に、接近前の情報提示や明確な進路変更が行われていない場合、評価者から「人が相手なら理解されない」との指摘がなされ、アルゴリズムが現場の慣習との整合性を欠く可能性を示唆している。
また、2人の評価者で合否が分かれたシナリオでは、操船における変針、加減速、タイミングは不適切だが、航過距離は十分確保しているケースや、機械の判断としては許容範囲だが人間と比較すると不可になる(タイミングがぎりぎりで人間は脅威を感じる距離やタイミングなど)ケースなどがあったとしている。南氏は、その防止策として評価の前提条件など、評価者への事前説明における配慮や評価者の合議による操船可否の評価を導入するなどの対策を提唱している。
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