米国の素材研究開発のトレンドは自動化、日本の課題は「情報の記録」と「人材」:素材/化学インタビュー
米国の素材産業などにおける研究開発の最新動向、米国および日本における研究開発の課題、今後の展開をマテリアルズインフォマティクスのコンサルティングを行うEnthoughtに聞いた。
近年、国内外のメーカーでは、製品のニーズの多様化や高品質化、開発期間の短縮が求められている。そこで、材料開発の速度と精度を向上させるために、マテリアルズインフォマティクス(MI)などを用いた研究開発を行う企業が増えつつある。
そこで、MIのコンサルティングを行うEnthought(エンソート) 最高執行責任者 博士のMike Connell(マイク コネル)氏に、米国の素材産業などにおける研究開発の最新動向、米国および日本における研究開発の課題、今後の展開を聞いた。
スタートアップを中心に研究開発の一部作業で生成AIを活用
MONOist 米国の素材産業などの研究/開発の最新動向について教えてください
マイク コネル氏(以下、マイク氏) 米国の素材産業などにおけるR&Dでは自動化がトレンドだ。スタートアップを中心に研究開発の一部作業で生成AI「ChatGPT」などを活用し自動化を行っており、既存の企業にプレッシャーを与えている。ほとんどの企業は自動化の目的として従業員の削減ではなく、研究/開発における科学分野の作業を減らすことを掲げている。
既存の企業において研究開発で自動化が遅れているのは業務のルーティンやプロセスが固まっているからだ。
研究開発の自動化に関して一例を挙げると、これまでは手動で分析装置や検査装置などの&装置を操作しさまざまなデータを取得していた。現在は、各装置にサンプルをセットすれば自動で分析や検査などの作業を行えるようになっている。これにより作業の属人化やケアレスミスも解消している。
MONOist 特に注目している、R&Dの最新の取り組みも教えてください
マイク氏 サイエンティフィックマシンラーニングだ。サイエンティフィックマシンラーニングは、実験や材料などのデータをベースにAIモデルのトレーニングを行う取り組みだ。例えば、研究開発で対象物の成分や特性を分析する際に、サイエンティフィックマシンラーニングを使用すれば融点の予測などを行え、作業を効率化できる。現在は、サイエンティフィックマシンラーニングと科学者の知見を組み合わせて研究開発を行う企業も増えつつある。
MONOist 米国および日本における研究開発の課題について教えてください
マイク氏 研究開発の実験などで得られたデータを紙やExcelで保存していることだ。米国を含めてグローバルで、各データの記録でExcelを利用している企業はかなり多い。日本では各データの記録で紙やExcelを使う企業も少なくない。紙やExcelに研究開発のデータを記録することがなぜ問題かと言うと、利活用しにくいからだ。
実は研究開発のデータは同様のプロセスを繰り返し行って得られた情報なため構造が特殊で、画像の上にメタデータを掲載したり、元データを改変せず保存する必要があったりと、Excelなど既存のデータベースでは対応しにくい。そのため、特殊なAPIを備えた電子実験ノートやツールなど、さまざまなファイルタイプに対応したデータベースに研究開発のデータを保存しないと、分析作業などを効率化しにくい。
MONOist 日本における研究開発の課題について教えてください
マイク氏 1つ目は人材だ。日本では理系の大学を卒業した学生で、企業で役立つコンピューテーションの専門知識をしっかり持っている人が少ない印象だ。米国の理系大学では、大学生がこの専門知識をしっかり得るために、企業の実践的なインターンシップに参加し実用的なデジタルとコンピューテーションのスキルなどを体験できる他、プロダクトデザインチャレンジというプログラムで実際に企業の製品開発にも挑戦可能だ。さらに、ブートキャンプという取り組みで企業の研究開発の手法も学べる。また、多くの学生が卒業後の学習も重要と考えている。
日本の企業は日本人ばかり雇用したがる傾向にも課題を感じる。グローバルでは多様な企業がさまざまな背景や地域の人材を積極的に採用しており、それによって幅広い人材にアクセスできるだけでなく、多様な視点が交わることでイノベーションを促進している。
2つ目はITをアウトソースしている点だ。ITは研究開発で重要な役割を果たす。米国では、自社の研究開発に適したITを「R&D IT」と呼称しておりトレンドになっている。研究開発において会社ごとに科学を用いたプロセスが異なるため、市販されているツールをそのまま導入するのは最適ではない。自社でプログラミング言語「Python」などを活用しR&D ITを構築するか既存のツールをカスタマイズするのがベストだろう。
MONOist 今後の展開について教えてください
マイク氏 当社ではこれらの課題を解決するためにマテリアルズインフォマティクス(MI)の専門チームを有しており、MIやR&D ITで必要な専門知識を短期間で対象の社員に学習させるプログラムなども用意している。今後もこれらのプログラムやコンサルティングなどで企業の素材開発をサポートしていく。
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