船乗りだからこそ重視するStarlinkの価値とは:船も「CASE」(3/3 ページ)
船舶をはじめとする海運業界で高速衛星通信サービス「Starlink」の導入が進んでいる。国内でStarlinkの船舶利用サービスを推進するKDDIに、海上移動運用に耐え得るハードウェアや、法改正によって利用できる海域の制約が変わった詳細などについて聞いた。
船乗りだから重視するStarlinkの価値
電波法関係審査基準の一部改正に寄せられたパブリックコメントでは、日本近海で船舶を運航していて既にStarlink Business マリタイムプランを導入していた当事者が、領海内利用の制約にどれだけ不満を持っていたのかが分かる(「本来陸地から離れた海域での通信を可能にするスターリンクが、陸地から離れた場所で使えなくなる現状を非常にもったいない」「日本の領海に限った利用では外航船では効果は発揮できず」「日本籍船への乗船を避けたがる船員がでてしまう可能性すらある」「日本籍以外の船舶ではすでに導入が進んでおり、日本のみ遅れを取るわけにはいかない」「その利用が日本領海内に限定されることから、外航商船におけるスターリンクの有用性をほとんど享受できず、導入を見合わせざるを得ない状況」など)。※)
※)パブリックコメントは表記そのままで引用している。
また、これらのコメントには洋上の船舶にとって高速データ通信がどのような用途で期待されているのかも知ることができる。船客サービス(パブリックコメントでも「通信環境の悪さがクレームの半数以上を占めるなど」「外国籍船は十分な通信速度だが、日本籍船はつながりもしないという声が急増」とある)だけでなく船員の福利厚生としても今や必須ともいえる「常時使える(ここが大事)SNS」「スムーズに(ここが大事)視聴できるストリーミングコンテンツサービス」は言うまでもない(パブリックコメントでも「STARLINKの導入が進まない日本籍船には乗船したくないという声も聞かれ、日本籍船を多く運航している邦船船社においては、人材流出の懸念も出てきており、規制緩和は急務」といった意見多数)。
また、自律運航技術に欠かせないデータ通信のインフラとしても期待が高まっているのが分かる。特に、操船関連ステータスを把握するテレメーターや操船制御としてのデータ通信、海象データやAIS(自動船舶識別装置)など他船動静データだけでなく、自船周囲や機関部やブリッジなど自船重要部署の「映像」といった大容量データ通信を求める意見が多い。映像を求めるのは「目視が最も信頼できるセンサー」と認識している船乗り特有の傾向であると同時に、傷病時の医療サポートで必須といえる高精細映像データも扱えるようになるのは船舶の安全性向上において大きな意義があるといえる。
レンタルは予定しているけれど気軽に設置できない
NTTドコモが提供している衛星電話サービス「ワイドスターIII」はレンタルサービスも提供している(2024年6月時点では設置型端末と追尾アンテナ、ハンドセットを組み合わせた構成のみで、可搬型端末のレンタルサービスはしていない)。
Starlink Business マリタイムプランでもユーザーからレンタルサービスを求める声はあり、KDDIとしても検討は進めているという。Starlink関連事業をさまざまに展開して行く上で優先順位がある中での検討になるため、現時点では実際に立ち上がるのか、立ち上がるにしてもいつからになるのかなどは分からないとしている。
なお、レンタルサービスと聞くとハードウェアは一時的に設置する、いわゆる「ポン付け」的な状況をイメージするかもしれない(NTTドコモになるがワイドスターII世代のレンタルサービスが可搬型端末だったこともあるので)。しかし、KDDIの説明によると現在、導入前に試験的にStarlink Business マリタイムプラン構成ハードウェアを一時設置するケースがあるが、その場合でも設置方法は本導入と同様の設備を用意して強度を確保した上で設置するとしている。「もしレンタルを開始するとしても、船の上では振動や台風、嵐などの影響があるので簡易的に取り付けるのはお勧めできない。それが外れたことによって人命に影響するような事故などがあるとよくないので、レンタルであっても適切な設置工事していただいた方がいい」(KDDI)。
インマルサットは滅びぬものの船の世界が大きく変わるのは間違いない
衛星通信による船舶向けの音声通話とデータ通信は以前からインマルサットやイリジウム、OneWeb、O3b、Globalstarなど、高高度静止衛星や中高度周回衛星で提供されていた。ただ、その速度は数百Kbpsから数十Mbpsと現代のデータ通信で求められる速度とはひと昔もふた昔も前の時代のレベルにとどまっている。そこに数百Mbpsレベルと陸のネットワークとそん色のない低価格で常時接続の高速ネットワークが登場したことになる。
もちろん、「Starlinkといえども利用が許可されてない国もある。使っている電波形式のKa帯は雨など荒天条件に弱い。そういった海域や海象条件におけるバックアップでインマルサットやイリジウムを積むっていうのがその外航商船にとっては命」(原氏)なのは今も変わりはない。
しかし、Starlink Business マリタイムプランによって陸と同じネットワーク環境が利用できることで、船上におけるICTが大きく変化することは間違いない。それこそ、高精細な映像を遠隔で把握できる高速ネットワークが利用できることは、「とにもかくにも目視が必須」という船乗りに自律運航を受け入れる心理的ハードルを引き下げるといった予期せぬ効果もあるのではないだろうか。
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