データを実際の課題解決に結び付ける 島津製作所が構築した人材育成戦略:製造IT導入事例
Domoは日米における同社の事業戦略に関する発表会を開催した。その中で紹介された、島津製作所 DX・IT戦略統括部 DX戦略ユニット 主任 山川大幾氏による同社のDX人材の育成戦略とデータ活用事例について紹介する。
Domoは2024年10月9日、日米における同社の事業戦略に関する発表会を開催した。その中で紹介された、島津製作所 DX・IT戦略統括部 DX戦略ユニット 主任 山川大幾氏による同社のDX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成戦略とデータ活用事例について紹介する。
きれいだが使われないダッシュボード
Domoは同名のクラウドベースのデータ活用プラットフォームを提供する米国発の企業だ。ユーザーはデータ分析を支援するダッシュボードやBIツールなどを利用できる。島津製作所は「データに基づく製造」(山川氏)を実現するため、2019年に製造部門からDomoを導入した。Domoの選定理由としては、各拠点で点在しているデータを連携させつつ活用できるツールである点などを評価したとする。
島津製作所はDomoの導入後、棚卸在庫の削減など一定の成果を上げ、社内での利用者拡大も順調に進めることができた。しかしある時点で、Domoの月間利用者数であるMAU(Monthly Active User)の指標が、2022年10月以降に下降傾向に転ずることが予測されるようになった。
この原因について、山川氏は「Domoのダッシュボードはとてもきれいなものに仕上がっていており、社内でのデータ活用を促進している感覚はあった。しかし、そのダッシュボードが具体的な成果につながっているのかが分からないという課題があった」と説明する。そこで解決に向けて、「ビジネスアナリスト(BA)」と呼ぶデータ活用人材の育成に取り組み始めた。
島津製作所はビジネスアナリストを、「事業におけるデータ活用の在り方を高度化する人材」と定義している。同社はデータ活用人材の育成を進めるにあたり、当初、フレームワーク構築をどう進めればよいか分からないといった課題を抱えていた。
転機となったのが、あるサプライチェーンマネジメントの担当社員の存在だ。同社員は需給バランスの変動に迅速に対応できるようにするため、部材の在庫状況などの見える化に取り組み始めていた。当時、海外販売会社が把握した需要の変化が工場や調達部を通じて自社サプライヤーにまで伝わるまでに最大で2カ月以上を要していた。が、データを活用することで、こうした状況の改善を目指したのだ。
そこで山川氏は同社員とともに、ダッシュボードの設計やデータ加工に共同で取り組んだ。結果として2か月間でのダッシュボードの構築と、これを用いることによる、月間約51時間に相当する業務工数の削減に成功した。
さらにこの社員がデータ活用に取り組み始めて以来、周辺部署でのDomoのMAUと、1人当たりの閲覧ページ数を示す指標が上昇していることが確認された。島津製作所はこの事例を「成功事例」(山川氏)と捉えて、この社員のようなBAを社内で育成することを目指す。そして、BA育成プログラムである「Domo Dive Program!(DDP)」を立ち上げた。
DDPの構築に当たっては、まずBAのロール定義やコミュニティの設置、データ活用支援施策の整備を進めた。ロールは、データ閲覧の手法などを学ぶ初級者から、事業におけるデータ活用の在り方の設計や運用、データ加工などを行うBAやデータエンジニア向けの実務者レベルまで段階的に定義した。
その上で各ロールに応じた教育プログラムを構築した。例えば、BA研修ではデータからのグラフ作成など可視化に関する理論の学習と実戦形式の演習などで構成される、約2日間の集合型研修をDomoの支援を受けつつ用意した。座学に加えて実際の業務課題を基にして、オーディエンスの設定や打ち手のシナリオ構築まで含めてダッシュボードを構築することで、理解を深める。
現在も、研修時の評価基準の標準化や、研修ごとのデータ活用の実践状況を尋ねるアンケートの実施など、PDCAサイクルを回しつつ研修の改善活動を進めている。受講者が業務課題のテーマ選定でつまずかないようにするため、「案件創出ワークショップ」というデザイン思考のワークショップも別途開催している。ワークショップを通じて組織リーダーやメンバーが集まり、業務課題の「魅力度や難易度」(山川氏)を基にBA候補生がテーマを選べるようにする環境づくりを目指す。
BA研修を実施した成果について、山川氏は「受講生が増える中で社内で共通言語を獲得できた。社内会議で用いるスライド資料などでも、オーディエンスや打ち手、可視化などが当たり前のように記載されるようになり、会議の質が圧倒的に向上した」と説明する。今後は、BAとデータサイエンティストの中間に位置する役割を果たす人材の育成にも取り組むとしている。
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