パリ五輪のAIが拓く健康とウェルビーイングの市場:海外医療技術トレンド(110)(4/4 ページ)
本連載第79回および第102回で、フランスのデジタルヘルス戦略を取り上げたが、今回は、2024年パリオリンピック・パラリンピック競技大会にまつわるAI(人工知能)駆動型健康/ウェルビーイング市場の動きに注目する。
デジタルを活用したアスリートのセカンドキャリア形成支援
加えてIOCは、2024年7月31日、中国・アリババと連携して、アスリートのセカンドキャリア形成支援を目的とした「Athlete365ビジネスアクセラレータープログラム」を刷新することを発表している(関連情報)。もともとこのプログラムは、2018年から、ユヌススポーツハブからの支援を受け、Athlete365プラットフォーム上で展開されてきた。アリババは、本連載第55回で触れた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおける中小企業支援策のノウハウなどを活用し、eコマース分野での起業を目指すアスリート/スポーツ経験者向けに、フランス語、英語、スペイン語で、トレーニングプログラムやメンタリングサービス、AIツールやクラウドサービスなどの最新ICTプラットフォームを提供する(関連情報)。
日本においても、スポーツ庁がスポーツキャリアサポート支援事業(関連情報)を展開しているが、グローバルなスポーツ発スタートアップエコシステムまで拡張できるかは、今後の課題である。
パリ五輪期間中に施行された欧州AI法への対応準備
なおパリ五輪開催中の2024年8月1日、欧州連合では、欧州AI法が施行された(関連情報)。欧州AI法は、AI利用時の基本的人権の保障や安全性を確保することで、AIに対する利用者の信頼の醸成を目指すと同時に、AI利用の法的安定性や加盟国間での規制の調和を提供することで、AIの普及を狙うことを目的としている。民間/公的機関を問わず、EU域内のAIシステムの提供事業者とその利用者だけでなく、AIシステムのサービスがEU域内で利用される場合には、EU域外のAIシステム提供事業者や利用者にも適用される。
欧州AI法では、AIシステムのリスク区分について、「最小リスク」「特定の透明性が必要なリスク」「高リスク」「受容できないリスク」の4つに分類している。また、プロバイダーを対象とする「汎用目的型AIモデル」が定義された。ここでは、「意図的におよび特別に設計されていない、幅広いアプリケーションで利用または適応することが可能なAIシステム」と定義している。
今後国レベルでは、EU加盟国が2025年8月2日までに、AIシステム向けのルール適用を監督し、市場調査活動を行う競争当局を指定しなければならない。EUレベルでは、欧州委員会傘下のAIオフィスが、AI法に関する重要な実施主体および汎用目的のAIモデルに関するルールの法執行機関となる。そしてAI法は、2026年8月までの間、段階的に適用される予定である。
AI法に基づくルールを順守できない企業に対しては、罰則が適用される。禁止されたAIアプリケーションに関わる違反に対しては3500万ユーロまたは世界年間売上高の7%の高い方、それ以外の責務に違反に対しては1500万ユーロまたは世界年間売上高の3%の高い方、不正確な情報の提供に対しては750万ユーロまたは世界年間売上高の1%の高い方をそれぞれ上限とする制裁金が科せられる。
世界レベルでは、WHOが、2023年10月19日、「保健医療のための人工知能の規制に関する考慮事項」を発表している(関連情報)。
この文書は、以下のような構成になっている。
- はじめに
- 謝辞
- 略語と頭字語
- エグゼクティブサマリー
- 1.イントロダクション
- 2.目的
- 3.関係のある定義、基礎的概念、宣言
- 4.医療・治療環境における重要な人工知能アプリケーション
- 5.規制における考慮事項のトピック領域
- 5.1 文書化と透明性
- 5.1.1 製品ライフサイクル全体に渡る文書化 - 品質コンティニュアムの保証
- 5.1.2 医療目的、臨床的文脈、開発に関する事前仕様と文書化
- 5.1.3 導入と導入後
- 5.1.4 リスクベースアプローチと比例性
- 5.2 リスクマネジメントと人工知能システム開発ライフサイクルアプローチ
- 5.2.1 開発・導入プロセス中のAIシステム
- 5.2.2 AIシステム開発ライフサイクル
- 5.2.3 ホリスティックなリスクマネジメント
- 5.3 意図した使用と分析・臨床的バリデーション
- 5.3.1 ユースケースの記述、分析・臨床的バリデーション
- 5.3.2 意図した使用
- 5.3.3 分析的なバリデーション(技術的バリデーションとしての参照)
- 5.3.4 臨床的バリデーション
- 5.3.5 市販後モニタリング
- 5.3.6 AIツールに対する変更
- 5.3.7 低・中所得国
- 5.4 データ品質
- 5.4.1 現行の保健医療エコシステムにおけるデータ
- 5.4.2 保健医療AIシステムにおける良質のデータ
- 5.4.3 重要な品質データ変更と保健医療AIシステムのための考慮事項
- 5.5 プライバシーとデータ保護
- 5.5.1 現行の動向
- 5.5.2 文書化と透明性
- 5.5.3 AI規制のサンドボックス
- 5.6 エンゲージメントと協力関係
- 5.6.1 プロファイルされた規制主体の戦略に関する議論
- 5.6.2 2つのエンゲージメント成功事例
- 5.6.3 過去の経験のない国々のために推奨されるアプローチ
- 5.6.4 実践的な経験に基づくエンゲージメント利用に関するナラティブ
- 5.6.5 開発プロセスにおけるパートナーとしての規制機関のナラティブな位置付け
- 5.1 文書化と透明性
- 6.今後の方法に向けた推奨事項
- 7.結論
- 参考文献
- 附表.
- 関係のある定義、基礎的概念、宣言
その中でWHOは、AIシステムの安全性と有効性を確立し、直ちに必要な人が適正なシステムを利用できるようにして、開発者、規制当局、製造業者、保健医療従事者、患者など、ステークホルダー間の対話を促進することの重要性を強調している。
また、上記の「5.5.3 AI規制のサンドボックス」に関連して、EU域内で開催されるオリンピック・パラリンピックのうち2024年パリ夏季大会(フランス)や2026年ミラノ/コルティナ・ダンペッツォ冬季大会(イタリア)は、欧州AI法およびWHO推奨事項に関するサンドボックスの機会を提供することになる。スポーツ×健康/ウェルビーイング領域で新規AIソリューションの開発、実装を目指す企業にとっては大きな市場機会となるので、AI規制に対応する組織やポリシー/手順の整備を行って、サンドボックスを有効活用できる体制を構築しておく必要があろう。
筆者プロフィール
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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