「地元の製造業」の魅力を伝えよう 優秀な人材獲得のため広がる青田創りの輪:製造業のシン・新卒採用戦略(5)
近年、学生の就職先として、製造業の人気が低下傾向にある。本連載ではその理由を解説し、日本の製造業が再び学生から選ばれるために必要な「発想の転換」についてお伝えする。第5回は、長期視点で優秀な人材を育てる「青田創り」の今後の展望についてお伝えしていく。
製造業の採用活動は、短期視点で優秀な人材を探す「青田買い」から、長期視点で優秀な人材を育てる「青田創り」への転換が求められている。最終回となる今回は、今後の青田創りの2つの方向性を示して、本連載を締めくくりたい。
高校生、高専生にもキャリアを考えるきっかけを
1つ目の方向性は、「青田創り」の対象を高校生や高専生にまで広げることである。
本連載ではこれまで、製造業が優秀な人材を獲得するためには、学生が就活をスタートする前から、青田創りのアプローチを進めることが大切だとお伝えしてきた。そのために、筆者が代表理事を務める「エッジソン・マネジメント協会」(詳細は記事の末尾を参照)では大学低学年を中心にさまざまなアプローチをしてきたが、理想を言えばもっと早い段階からキャリアイメージを持ってもらえるようにしたい。
日本の一般的な教育システムでは、高校生は1年生で文理選択という人生の重要な岐路に立たたされる。しかし、この段階では勉強した先にあるキャリアのイメージを描けていないため、「数学が苦手だから文系」「国語が嫌いだから理系」というように得手不得手の科目で決断を下す人も少なくない。
受験のことを考えれば得手不得手で選択するのも重要な観点の1つだが、勉強した先にあるキャリアイメージが少しでも湧いていれば、文理選択や勉強に対する姿勢も変わってくるだろう。そのため、早い段階から、働くことやキャリアについて知り、考える機会を持つことは重要だと考えている。
そこで、筆者らは青田創りの対象をより若い層へと拡大すべく、高校生や高専生向けのイベントも実施している。その1つが、第4回で紹介した「しごとーく」だ。
2024年2月には、函館工業高等専門学校でしごとーくを開催した※1。さらに夏頃には、都内の複数の高校と企業、行政、大学および大学生の有志が集まって、産官学(高校・大学)連携で高校生向けのしごとーくを開催する予定だ。青田創りに共感する人々が集い、有志で機会を生み出そうとするその熱意に、毎回私も刺激を受けている。
しごとーくでは、企業で活躍するエンジニアが登壇し、仕事のやりがいや自身のキャリアについてプレゼンをする。第一線で活躍するエンジニアがエバンジェリストとなり、モノづくりの面白さや仕事の魅力を語ることで、学生に「キャリアを考えるきっかけ」を提供していくのだ。加えて、ロールモデルとの出会いを通して将来の姿をイメージさせることで、日々の勉強へのモチベーションアップも狙っている。
実施する中で分かってきたが、青田創りを実践する際の重要なポイントは、企業のオフィスや研究所、工場など「学外」を会場にすることだ。学校で実施すると日々の授業の延長線上になってしまうが、学外であれば仕事のリアリティーをより感じやすくなる。また、学外には刺激が多くあり、特別な機会として学生の心に刻まれやすくなる。
各地域で優秀な若者を育て「地育地活」を促す
2つ目の方向性は、青田創りの活動を全国に広げることである。
これまで、筆者は数多くの地方学生ともコミュニケーションを図ってきた。その際、地方の学生が「自分の地元にどのような企業があるのか」をほとんど知らないことにいつも驚かされる。
2023年12月から2024年1月にかけて、信州大学の学部生を対象に実施したアンケート調査では、約8割が「業務内容を知っている地元企業は5社以下」という結果だった※2。
※2:西尾尚子.COC+R事業報告「地域就職に向けた『因果モデル構築』 -学生アンケート実施報告.令和5年度COC+R全国シンポジウム発表資料」より
学生自身が直接顧客となる機会のあるB2C企業ならまだしも、企業向けに部品や素材、サービスを提供するB2B企業であればなおさら認知されにくいだろう。存在を知らなければ、就職先の選択肢になる可能性はより低くなる。
地方の企業にとって、地元の学生はぜひとも獲得したい貴重な人材だが、首都圏や大都市の企業への就職を希望する学生が多いのが現状だ。これを変えるには、各地域で優秀な若者を育て、彼ら、彼女らが地元で活躍する「地育地活」を実現していく必要がある。青田創りは、こうした取り組みにおいて大事な貢献をすると考えられる。
青田創りの活動は、47都道府県に広げていく必要がある。地域経済を支える製造業が、業界の魅力や仕事のやりがいを言語化し、それを地域の中高生や大学生に伝えていく。これによって、地域の学生に「地元にもこんなに楽しそうな仕事があったんだ」「地元の製造業で働く選択肢もあるのか」と思ってもらうのが1つのゴールだ。
日本人は仕事の「やりがい」に気付いていない?
日本人は、世界のなかでも仕事にやりがいや熱意を持つ人が少ないといわれている。2023年に米国調査会社のギャラップが発表した「グローバル職場環境調査」によると、日本は「仕事にやりがいを感じ、熱意を持って生き生きと働いている」人の割合がわずか5%で、調査対象の145カ国中で最も低かった。このような情報に触れることで、若者の中に「働くのはつらい」
「仕事はつまらない」といったネガティブなイメージが形成されていく。
しかし、日本人は本当に仕事にやりがいを感じていないのだろうか。あくまでも筆者の仮説だが、日本人は「仕事は楽しむものではない」といった価値観を持っている人が多いように見受けられる。それゆえ、「やりがいどうこうではなく、自分の責務を果たしているだけだ」「真面目にやっているだけで、熱意を持っているとはいえない」というように、ある意味でドライに評価し、回答している人もいるのではないだろうか。
筆者は青田創りの活動を通して、製造業のエンジニアと数多く出会ってきた。エンジニアの方々に仕事のやりがいを聞くと、「やりがいって何だろう」と考え込んでしまう人が多い。しかし、いざ振り返って考えてもらうと、自分なりのこだわりや、内に秘めた情熱に気付く人は少なくない。このように、やりがいや仕事の魅力はあるのに、それを自覚できていない人もいるのではないだろうか。
おわりに
製造業で働く方々は、素晴らしい仕事をしていながら、「仕事はこういうものなので」と謙遜するかもしれない。だが、気付いていないだけで、どこかしらに自分なりのやりがいや熱意が眠っていることも多い。
まずは、仕事のやりがいや意義、魅力を言語化してみてほしい。そして、それを若者に伝えていってほしい。「モノづくりの仕事って楽しそうだな」「エンジニアのキャリアってすてきだな」といった共感を醸成することができれば、製造業に夢を見いだし、働くことを志す若者を育めるだろう。
日本は、モノづくりや技術力に強みを持つ国である。製造業で活躍する優秀な人材を育成していくため、筆者らエッジソン・マネジメント協会も、より早期からの機会創出や情報提供に努めていきたい。
エッジソン・マネジメント協会とは
エッジソン・マネジメント協会は、企業を越え、セクターを越えて、産官学連携/共創して優秀な人材を育むことをめざして創設された団体だ。若者の育成に情熱を持つ方や、人材採用に問題意識を持つ方は、ぜひWebサイトで事業内容や活動内容をチェックしてほしい。私たちは、いつでも「青田創り」の仲間を求めている。
筆者紹介
樫原洋平 株式会社リンクアンドモチベーション エグゼクティブディレクター
早稲田大学/同志社大学/大阪公立大学 非常勤講師
早稲田大学 モチベーションサイエンス研究所 招聘研究員
一般社団法人『エッジソン・マネジメント協会』代表理事
一橋大学経済学部卒業後、2003年にリンクアンドモチベーション入社。メガバンク、総合商社、グローバルメーカー、インフラ、ITなど多様な業界の採用コンサルティングに100社以上従事。また、大学教育事業を立ち上げ、産学連携での教育プログラムを開発、実行。早稲田大学/同志社大学などで非常勤講師を務める。2022年にパナソニックグループ、日立製作所、清水建設、京セラ、早稲田大学、同志社大学の産学から理事を迎え、一般社団法人『エッジソン・マネジメント協会』を立ち上げ。著書に『エッジソン・マネジメント』(PHP研究所)
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