Simulation Governanceの実践と発展に向けた活動:シミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜(12)(1/4 ページ)
連載「シミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜」では、この10年本来の効果を発揮できないまま停滞し続けるCAE活用現場の本質的な改革を目指し、「Simulation Governance」のコンセプトや重要性について説く。引き続き、各サブカテゴリーの項目のポイントやレベルの意味を解説しながら、詳細な診断データを眺めていく。最終回となる連載第12回では、「Simulation Governanceの実践と発展」をテーマに筆者の考えをまとめる。
シミュレーション・コンサルタントの工藤啓治です。本連載も今回でいよいよ最終回となります。タイトルで示したように「Simulation Governance(シミュレーションガバナンス)」の実践と発展をどのように行っていくべきかを示し、まとめていきます。
そもそもSimulation Governance診断を開発した理由は、現状を知ることなしに改善/改革はできないと考え、全体の傾向を俯瞰(ふかん)しながら、弱点や優れている点を定量的に把握したいと思ったからです。さらに、診断のみで終わらせるのではなく、当然その先には、改善/改革に向けた活動がなくてはなりません。その先のステップについて、図1を参照しながら説明していきます。
(1)現状分析:意識と気付きと行動
診断を行う際は、(まずお試しでやるのはいいにしても)担当者個人で行うのではなく、組織として行うことをお勧めしますし、実際そのようにしている参加企業が大多数を占めています。複数の目で判断することで、多面的な差異に気付くことができ、Simulation Governanceへの新たな意識付けが生まれます。それこそが、出発点です。
実際のところ、診断に参加された企業の方々は、自部署はもちろんのこと、他の部署にも声を掛けて、議論する場を持ったり、複数部署で診断を行ったりしています。議論することで、組織として課題を共有でき、モチベーションが湧き、行動に至る機会が生まれます。しかも、漠然とした議論ではなく、定量的に明確に自社の弱点が分かるわけですから、アクションも明確になります。
いただいたフィードバックの中には「CAEビジネスのビジョンについて数年後まで見据えて、ガバナンスの範疇(はんちゅう)で考えるようになった」、あるいは「社内のCAE技術力を客観的に評価し、その結果をベースに経営層の理解を得て、優先順位を付けて中長期テーマとして取り組んでいけるような組織と企業風土の改革を行いたい」というような、まさに期待していた通りのコメントも見られました。
全参加企業のヒストグラムの中で、自社がどこに位置しているのかを確認することも重要です。もし悪ければ「これはまずいぞ……」と危機感を抱くでしょうし、もし良ければ「これまでのやり方に間違いがなかった!」と自信を深めることができます。
ただし、結果が悪かったからといって全てを改善する必要はありません。次に示す“あるべき像”を実現する上で、それがクリティカルなものであるかどうかを判断する必要があります。そこは相対的に見なくてはなりません。あるいは時間的な優先度を付けるべきでしょう。
(2)目標設定:あるべき像の議論
診断の結果、自社の相対的な弱みは分かるのですが、前述したように、必ずしも弱みのポイントだけを全て改善すればよいというわけではありません。強みを持続的に強化すべきかもしれませんし、弱みを改善するにしても優先度を決めて取り組むべきでしょう。その指針となるのは、ビジョンとあるべき像です。例えば、10年後のビジョンに対して、あるいは3年後の中期経営計画目標に対して、どのようなあるべき像を設定するのかが決まらないと、打ち手が定まりません。打ち手が固まって初めて、診断結果を参照しながら優先度の高い施策を決めることができます。何度も出てくる「ゴールデンサークル理論」の“WHY〜HOW〜WHAT”の順番ですね。
例えば、開発期間が縮まらないどころか、遅れてしまうという現状があったとします。同時に、10年後のビジョンの中に“多様化する世界の需要に脱炭素も考慮して迅速に対応するために、電動化商品の開発効率を2倍にする”という目標が掲げられていたとします。そして、それを実現するためのあるべき像は“新しい技術を取り込みながら、手戻りを引き起こさない基本設計の仕組みの構築”であるとしましょう。そうすると、現状利用率の高い詳細設計やトラブル対応のための3D-CAEをいくら強化しても、本質は何も変わらないことが分かります。なぜなら課題は最上流にあるからです。やみくもにCAEを強化するのではなく、最も有効な手段はどれかを判断することが大切です。
逆の場合もあり得るかもしれません。成熟した製品であれば基本設計はあまり変わることなく、また試作もコストがかからず短期間で作れる製品だとしましょう。その代わり、さまざまな仕向け地や個別仕様に対応する必要があり、実験の種類が膨大だとします。そうすると“重要な検証実験だけに絞り込むための、派生設計での3D-CAEのモデリング技術と標準化を強化すべき”という方向になるでしょう。そうした長期ビジョンあるいは中期経営計画で打ち出された目標を達成するために、シミュレーションをどのフェーズで使い、どのような役割を果たすべきかを考えなければなりません。
図2に示した「V&Vを意識したシミュレーション活用のあるべき像」は、Simulation Governance的に見た“てんこ盛り”のあるべき像です。てんこ盛りという以上、これまで筆者が関わってきたプロジェクトのテーマは全てこの中に含まれていますので、今後の計画を想定している企業においても、ほぼカバーできると考えます。重要なのはどのテーマを優先すべきかです。その優先度と実施方法を合理的に決めるための基礎情報が、Simulation Governance診断なのです。実践する上では、本診断に加えて、関係者向けのアンケートや、事前に想定した具体的な質問に基づくヒアリングなどを実施して、課題の具体化と対策の当たり付けを行っていきます。
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