5G通信の遅延時間1ms以下は複数端末の制御でも可能か、東芝が量子技術で道を開く:製造業IoT
東芝は、量子コンピューティング技術を基に、5G通信の特徴とされる1ms以下の低遅延の実現に求められるリソース制御アルゴリズムを開発したと発表した。同社の「シミュレーテッド分岐マシン」を用いて開発されたもので、1ms以下の低遅延で求められる0.5ms以下での20端末のリソース割り当てを行うことに世界で初めて成功したという。
東芝は2024年4月22日、量子コンピューティング技術を基に、5G通信の特徴とされる1ms以下の低遅延の実現に求められるリソース制御アルゴリズムを開発したと発表した。このリソース制御アルゴリズムは、量子インスパイアード最適化計算機「シミュレーテッド分岐マシン(SBM)」を用いて開発しており、1ms以下の低遅延で求められる0.5ms以下での20端末のリソース割り当てを行うことに「世界で初めて」(同社)成功したという。なお、このリソース制御アルゴリズムは、一般的な5G基地局システムで処理できるとともに組み込み可能な規模のソフトウェアである。
SBMは、量子コンピュータ理論から生まれた組み合わせ最適化問題を解くためのソルバーである。量子コンピュータの研究を基に生み出されてはいるものの、量子コンピュータをはじめ特殊なハードウェアを用いる必要はなく、CPUやGPU、FPGA上で動作するとともに、クラウドのSaaSでも提供されている。
1ms以下の実現でボトルネックとなる無線リソースの割り当て制御
5Gの特徴は「高速」「低遅延」「多数同時接続」の3つが知られている。これらのうち低遅延については1ms以下が可能とされているものの、実際には5Gの規格内に低遅延で複数端末を同時通信するためのリソース割り当てを行うのは困難だった。自営網で5Gを用いるローカル5Gの導入が想定されている工場では、同時に複数のロボットと通信しリアルタイムに制御することが求められるため、複数端末に対してリアルタイム制御の基準となる1ms以下の遅延時間を実現できることは市場拡大に向けて重要になってくる。
遅延時間1ms以下の実現でボトルネックになっているのが無線リソースの割り当て制御である。携帯電話基地局における無線リソース制御では、有限な時間と周波数の組み合わせに対し、各種制約の中でどの端末データをどの無線リソースに割り当てるかという組み合わせ最適化問題を解くことになる。ただし、1つの基地局で扱う端末の数が増えれば増えるほど組み合わせの数は指数関数的に増える。例えば、20個の端末の割り当てはそれらの順序だけでも20の階乗=10の18乗通りの組み合わせになる。そして、これだけの数の組み合わせに対して、各端末に対して品質の良い周波数を割り当てつつ、最終的な1ms以下の低遅延に求められる0.5ms以内に組み合わせ最適化を完了する必要があるのだ。
今回開発した5G通信のリソース制御アルゴリズムでは、一度5Gの規格によるリソース割り当ての制約を緩和した条件でリソース割り当ての最適化問題を解いてから、その解と統計情報を用いてさらに5Gの制約を満たすようにリソース割り当ての最適化を行う。この2段階に分けてSBMによる組み合わせ最適化を行うことが特徴となっている。「2段階に分けずに一度で組み合わせ最適化を行った場合には1ms以下の低遅延を実現できるレベルにはならなかった」(東芝)という。
シミュレーターによる実証を通して通信割り当て品質の性能確認も行った。開発したリソース制御アルゴリズムは、シミュレーター上で20個の5G端末をランダムに配置して通信チャネルを計算し、その結果をSBMに渡して解くことを1000回繰り返した結果得たもので、ベンチマークのための比較対象としたのは、端末の順番を決めて順番に品質の良い通信チャネルから詰めていくGreedyアルゴリズムを10万回繰り返したものである。
1000個のサンプル問題に対して2つのアルゴリズムを適用したところ、SBMを応用したリソース制御アルゴリズムは10万回Greedyアルゴリズムと比べて品質の良い割り当てが可能になることを確認した。これは、Greedyアルゴリズムが局所最適となるのに対し、SBMは全体最適を行えるためだという。また、SBMを応用したリソース制御アルゴリズムは、全てのサンプル問題を実時間処理として最大0.3msで解を求められることも確認している。これは、5Gがうたう最小伝送遅延1msを達成するのに必要な0.5ms以下での最適なリソース割り当てが行えていることを意味する。
今回開発したSBMを応用したリソース制御アルゴリズムは、5G基地局に用いられるサーバシステムなどに組み込めるソフトウェアとして既に開発済みである。今後は、超高速に膨大な数のパラメータを最適化できるSBMを生かし、5Gの特徴である「高速」「低遅延」「多数同時接続」の実現をはじめ無線通信分野のさまざまなアプリケーションに提案していく方針だ。
なお、今回の開発成果は、アラブ首長国連邦ドバイで開催される無線通信とネットワークの国際会議「IEEE WCNC 2024」(2024年4月21〜24日)で発表される予定である。
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